第24話 (何であの女、何ともなさそうな顔で座ってるわけ!)(side華)

(――何?)


 披露宴会場へ出てみると、濃藍のドレスを着た、すらっと背の高い女に人々の視線が集まっているのに気がついた。


 出席者は和装と洋装が半々くらいだろうか。

 祝いの席に合わせて、桃色や紅色など、華やかな色の衣装を着た人が多い中で、その藍色のドレスの女の周囲ははそこだけ違った雰囲気が漂っているみたい。簡素なデザインが着ている女の体つきの流麗さを際立たせていて、無意識のうちに視線を奪われた。


「あの人……!」


 私は彼女が誰かを認識して、思わず大きな声を出してしまった。


「誰だ?」


 修介さんも目を凝らしてその女が誰かを確認すると、薄めた瞳を驚いたように見開いた。

 

「綾子か……? あれ?」


 そう、彼女は藤宮 綾子だった。

――そして、彼女の横にいる背の高い男も人目を惹いた。


(――横の男は鈴原 彰吾?)


 私は彼の名前を知っていた。今年度成績上位で入隊した新人で、東都帝国大学出身。

 卒業後は官僚になることが多い東都帝大学から、あえて現場職である防衛隊入隊を希望した経歴に加え、目立つ容姿から同僚の女性隊員が噂していたのを聞いていた。


 少し興味を覚え、遠目に見たことはあったが。

 どこか表面を取り繕ったような、内心を見せないような態度が感じられて、


(――こういう男性は、嫌ね)


 と思った。


 結婚するならああい裏のありそうな男より、修介さんのような単純な男の方が楽だ。


(何で、藤宮 綾子と一緒にあの男が来てるの!)

 

元婚約者の方を凝視する修介さんの肩をゆさぶる。


「修介さん! 何、じーっと見てるんですか!」


「ああ……ごめんごめん」


「もう、挨拶しますよ!」


 修介さんはこほんと咳払いをして、来賓に向き直った。

 チンチン、とグラスを鳴らして、注目を集める。


「本日は私たちの婚約披露の場にお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 修介さんの挨拶を聞きながらも、私はむかむかした気持ちを抑えきれなかった。


(何であの女、何ともなさそうなすまし顔で座ってるわけ!)


 私の予定ではひとりぽつんと所在なげに座る藤宮 綾子を見て嘲笑するつもりだったのに。

 当の藤宮 綾子は私や修司さんのことなど気に掛ける風でもなく、隣に座っている鈴原彰吾と親し気に談笑している。そのドレス姿からは自信が感じられて――私もうっかり見つめてしまう程、綺麗だった。


(――余裕ぶってて、むかつく!)


 私はぐぐっと桃色の着物の袖を握った。

 明るい桃色に、桜の花が散った着物の柄が目に入る。顔を上げ、藤宮 綾子が着ている上品な濃藍のドレスと見比べると、途端に自分の着ているそれがひどく子どもっぽい柄のように思えてきて、顔がかぁっと熱くなる。


『華は好きなようにしていいのよ、妹なんだから』


 姉のそんな言葉を思い出した。子どもを見るような目で華を見て、そう言ったのだ。

防衛隊の訓練帰りなのか、髪を乱して、質素な隊服の黒の上下袴姿の早矢お姉さまとすれちがった時に、『まあ、お姉さま。そんな姿でみっともない』と嫌味を言った時だった。


『――どうしてみっともないと思う?』とお姉さまは返した。


『――どうしてって――』


 言葉に詰まった私は、しばらく黙ってお姉さまを睨んだ。


『そんなんじゃ、男性からも好かれないじゃない。お姉さまがそんな姿じゃ、私の印象も悪くなるわ』


『――それは申し訳ないね。華には今、誰かいい人がいるのかな?』


 心配したような声。お姉さまは私がお姉さまのことで誰かの印象を損ねることを心配していると勘違いしたようだった。嫌味の通じない姉だった。


『特定の人、ということではないわ! こ、これから出会う人よ!』


『そうなんだね。――その時は教えて。できる限り努力はするよ』


『ふだんから気にかけてよ!』


 イライラして思わず怒鳴った。


(ああ、もう、この人と話してると嫌!)


『みんなお姉さまのようにしなさいって言うけど、私はそんなみっともな姿で駆けまわるのなんてごめんだわ!』


 お姉さまは困ったように笑うと、私の頭を撫でて言った。

 

『華は好きなようにしていいんだよ、妹なんだから』


(余裕ぶって、余裕ぶって、余裕ぶって……むかつく!!!)


 昔の、もういないお姉さまとのやりとりを思い出して、がたんっと音を立てて立ち上がった。

 

「華ちゃん!」


 修介さんに着物の袖を引っ張られて、はっとして周りを見回す。


 会場がしーんとしているのがわかった。――みんなが、私に注目している。

 手に冷たい感触があった。その感触がする方を見て華は愕然とした。

 立ち上がった勢いで卓上のワイングラスが倒れ、赤いワインが着物にびっしゃりとかかっっていた。


(――こんな、何で私が、こんなみっともない姿!)


 ぶるぶると拳を震わせると、修介さんや会場に背を向けた。


「私……帰ります!」


 ――とにかく、この場から立ち去りたかった。


「ちょ、ちょっと……」


 修介さんの声がしたけれど、振り返らずに一目散に出口へ向かった。

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