第19話

「寺?」



「うん、こっち来て」



彼女に手を引かれ、導かれるままに俺は彼女の後を歩いた。



そして2人で辿り着いた先には、さっきまで俺の後ろを歩いていたはずの桐也がある墓石に寄り掛かるようにして座り、笑顔でひらひらとこちらに手をふっていた。




案の定、彼女が足を止めたのも桐也が待ち受けていた墓石の前で、俺は彼女に「ここ?」と聞くまでもないことを聞いた。



黙って頷く彼女。



そんな彼女を桐也はよしよしと頭を撫でる。



「あのね…、」



「うん」



墓石を前にしてから彼女の肩はずっと震えていて、懸命に絞り出した声も震えていた。



8年…、



彼女が桐也を失ってから8年が経っている。



その8年という月日が俺には長いのか短いのか、判断がつかないし、こればかりは時間などなんの意味もないのかもしれない。



「結構前だけど、亡くなったって話した元彼…覚えてる?」



「覚えてるよ」



(アレから毎日見てるしな…)



「その人ね、事故で亡くなったの」



「え…?」



「この間のからちゃんの事故みたいに…飲酒運転の暴走車に追突されて…」



「そう…だったの…」



「だから、からちゃんが事故に合ったって聞いた時、頭が真っ白になった。なにか自分には大切な人をそういう不幸に巻き込んでしまうような何かがあるんじゃないかって思った」



「そんなのある訳ないよ」



「…そうだよね。でも、しばらくしてからちゃんが血塗れで私の病室に来た時、なんでか一瞬"桐也が帰って来た"って思ったの。しまりのない表情と良い、喋り方といい…」



「そっか…」



その時の俺はやはり彼女の言う通り"桐也"だったのだろう。



桐也が俺の体を使って、彼女の元へと"帰った"のだ。



(それがこの2人の間にあった"約束"なのか?)



俺がそう気が付いた時、ふっと彼女の正面に桐也が回り込み、彼女の顔を覗き込んだ。



「私…桐也に酷い約束をさせてたの」



「……どんな?」



決して聞きたくはないはずなのに、俺の口からは自然と問の言葉が漏れだしていた。



すると彼女はしばらく俺の顔を見あげたあと、「言えない」と涙を流しながら微笑む。



そんな彼女の目元に桐也が軽くキスを落とす。



「おまっ!」



反射的に俺が桐也に抗議をしそうになった時、彼女も驚いた表情になり、桐也が触れたであろう目元を押えて辺りを見渡した。



皮肉にも桐也がいる方とは真逆の方向を見渡す彼女の髪を桐也はサラりと撫でる。



「!」



そしてやっと桐也と彼女が向かい合う形になった時、それまでどんよりと曇っていた空が晴れ、眩しい夕日が俺達を照らし始めた。



「……たまにだけど、桐也が死んでからも誰かに見守られている様な感覚がするの。からちゃんと出会う前も、何度も体調を崩したし、一人で不安だった。だけどその度になんでか誰かの温もりを感じるの…………桐也の…感触と匂いが…私に残っている感覚が…するの…………」



「秋さん…」



(そうだよ、桐也はずっと貴方と一緒にいたんだよ)



そう頷いてあげれば良いのに、嫉妬深い俺の口はただ彼女の名前を呼ぶだけで精一杯だった。



「おかしいでしょ?笑う?アニメの見すぎだって…えへへ…、私も自分でもおかしいと思うんだけどね…どうしても…からちゃんが無事で帰って来たことが、偶然とは思えなくて…なんの根拠も無いけど、桐也のおかげなんじゃないかって思って…」




涙を流し続ける彼女を俺は堪らず抱きしめた。



「俺もそう思う、きっと秋さんの為に俺を助けてくれたんだ」



「そうかなあ」



『そうだよ』



俺が彼女から体を離し、彼女に向かって返事をした時、全く同じ言葉を桐也も呟いた。



初めて聞く桐也の声は想像したよりも若く、そしてとても温厚そうな優しい声だった。



『君との約束だったから』



あっけに取られる俺を他所に、桐也はそう言いながら俺と彼女の間に入り込んで来ると、涙で濡れる彼女の頬を撫でるとそのままそっと彼女の唇に自分の唇を重ねた。



すると桐也の体は夕日に照らされているせいか、キラキラと輝くオレンジ色の光の粒となって虚空に溶けていくのが分かった。



「おまえ……」



その様子を呆然と俺が見つめていると、桐也は俺の方を振り返り、彼女の頭を撫でながら微笑んだ。



『ご褒美くらい貰ってもバチは当たらないかなって』



(喋れるなら最初から喋れよ!)



彼女の手前、心の中で抗議する俺に桐也は悪戯っぽく笑った後、『秋を君に預ける!』と言って彼女の背中を押して俺に押し付けてきた。



「うわっ、ごめんからちゃん!」



そうして俺に受け止められる彼女を尚も愛おしげな瞳で見つめながら、桐也は彼女の背中に向かって愛を囁きながら消えていった。




"秋、愛してるよ"

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