第16話
「分かった、今から急いで取って来るから待ってて」
俺がそう彼女の手をそっと握ると、彼女は「約束…守ってね」とボソリと呟いて安心した様にその大きな瞳を閉じた。
(約束…)
彼女が眠ったのを確認し、俺が走って病室を出ようとすると、桐也がいつの間にか扉の前に居て、通せんぼしていた。
「なにしてんだアンタ…そんなことしても俺は止められないだろ…」
俺は呆れながら桐也の体をすり抜けて扉を開け、病室を出る。
そして車に乗り込むと、運転席には既に桐也が居て、一時的に俺と体が重なった。
「だから!なにふざけてんだよ!こっちは急いでんの!」
大きな声を出す俺に、桐也はスっと助手席に移動すると険しい顔で首を左右に振った。
「はぁ…なにがそんなに不満なんだよ?不満タラタラなのはこっちなんだよ!アンタと秋さんの写真を取りに行かされるなんて…はぁ…アンタは良いよな…死んでも秋さんに想われて…アンタには俺の気持ちなんて分かんないだろ?大体なんで急に俺にだけ見えるようになったんだよ…」
今までの鬱憤を晴らすように俺が助手席の桐也にダラダラと愚痴っていると信号が赤に切り替わった。
「チッ、また赤…時間無いってのに」
何事もスムーズにいかないことにイライラが抑えきれず、俺はいつもとは違う道を使ってマンションに向かうことにした。
いつもは大通りを真っ直ぐ進む所を脇道に入って行くのを見た桐也が慌てた様子でハンドルを奪おうとしてきた。
「おい!なんだよ!?ふざけんな、どうせ触れねーくせに!馬鹿!!」
身を乗り出して運転席に座る俺に覆いかぶさってこようとする桐也の背後に、俺は一瞬猛スピードで逆走してくる対向車を見た。
「馬鹿お前っ!あぶなっ…!?」
そして次の瞬間、大きな衝突音と衝撃が俺を遅い、ひっくり返った視界の先には本来なら足元にあるはずのアクセルとブレーキが天井の位置にあり、ハンドルはあろう事か血塗れの手で俺が握ったまま、へし折れていた。
(あー…俺、事故った…?やべぇ…秋さんに写真…約束…守らないといけないのに…直ぐに持って行かないと…秋さん…)
起き上がろうにも体はまるで貼り付けられたかのように動かず、次第に意識も朦朧としてきた。
(俺…死ぬのかな…)
漠然とそんなことを考えながらただ痛みに身を委ねていると、ふっと視界に桐也が映り込んできた。
(死ぬ前に見るのがなんで彼女の元彼の顔だよ…マジで最悪…)
「ああ…秋さんに会いたい…」
死ぬ間際でも涙って本当に流せるんだな…と思いながら自分の頬に熱い涙が伝うの感じていると、俺の頬を桐也の冷たい手が触れるのがわかった。
そして微かにまだ見える目を凝らすと、桐也の顔がグッと自分に近付いて来るのが分かった。
『…約束したから』
そう言って申し訳なさそうな顔で俺を見つめてくる桐也。
その顔を見て俺はやっと桐也が何故今、彼女ではなく俺についてきたのかを理解した。
「ははっ、お前…俺が死ぬの待ってたんだな…?」
(俺が死んだ後、俺の体でも乗っ取ろうってか?)
茶化す様な笑い交じりに俺が桐也を見返すと、桐也は悲しそうに微笑んだ。
それが答えなのだろう。
(あーあ、俺…やっぱ当て馬だったんだな…)
「だけど本当に好きだった…俺、秋さんの歌も、だらしない私生活も、30手前なのに子供っぽい趣味も、変に歳上アピールしてくるとこも全部…最後にお前じゃなくて、秋さんに会いたかった…」
俺は最後の最後で桐也に嫌味を言い放ち、意識を手放した。
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