第15話

俺が彼女の病室へと駆け込むと、意識が無いと聞いていたはずの彼女がぼーっと目を開けてこちらを向いた。



「……とうや?」



彼女の紙のように白い唇から発せられた名前。



世界で一番聞きたくないものだった。



彼女のたった一声で心をズタズタにされた俺は、病室の扉の前にへたりこんだ。



そんな俺の一方で、桐也はスタスタと彼女の傍まで歩み寄り、愛おしげに彼女の手を握った。



「とうや、どうしたの?こっちに来てよ」



しかし彼女は目の前にその"とうや"が居るのにも関わらず、俺を見て手を伸ばしてくる。




(俺を"とうや"だと思ってるのか…?)



だとしても俺にはあんまりな仕打ちだ。



なぜ俺じゃないんだ、



君の目の前にいるのはこの俺なのに。



嫉妬や怒りを超えて、悲しみが俺の体にじわじわと広がっていく。



「こっち来てよ…」



しかし、寂しげな彼女の声に俺の体は抗えず、フラフラと立ち上がり、桐也がいる方とは反対側へと回り込む。



「会いたかった」



そう微笑む彼女の顔はまるで少女の様に無邪気で、邪念など一切なく綺麗だった。



だからこそ俺の心は抉られ、大量の血が流れた。



その笑顔は俺に向けられたモノじゃない。



俺の本能がそう理解していた。



こんなにも君の傍にいるのに、



君に触れられるのは"とうや"じゃなくて俺なのに。



(じゃあいっそ、俺も死んでしまえば君は俺を想ってくれるの?)



彼女の頭を撫でながら俺がそう内心で問いかけると、いきなり桐也が俺を突き飛ばしてきた。



「!?」



突然倒れた俺に、彼女も俺自身も驚いて放心状態になった。



桐也がこんな直接的にアクションを起こしてきたのは初めてだった。



(くそ、なんなんだよ!)



ふつふつと腹の底から怒りが込み上げてきて、その怒りの力で俺は立ち上がり、桐也を見返すと、桐也は自分の胸を抑えて、必死に涙を堪えるような、苦しそうな表情をしていた。



「なん、だよ…その顔……」



(意味が分からんねーよ…なんなんだよお前…。お前だって秋さんが自分以外の男と居るところなんて見たくないだろ?お前以外の人を愛せてるなんて思いたくないだろ?だからずっと秋さんの傍にいるんじゃないのかよ…?)



「とうや…大丈夫?」



立ち上がった俺の袖を引っ張りながら彼女が俺を見上げてくる。



「お願いがあるの…」



「お願い?」



「うん…写真、写真を持って来て欲しいの」



「写真?」



"写真"という言葉に俺の脳裏に桐也と彼女が写ったあの写真が浮かんだ。



(やっぱり…君は俺のものにはなってくれないんだな…)



そう確信した俺は、深い悲しみの一方で、なぜか悲しいのと同じくらい深い愛おしさを彼女に感じた。



「わかったよ、明日持ってくるね」



「嫌」



「え…?」



「今じゃないと嫌…」



「でも今日はもう面会時間も終わるし…」



俺が困った様に微笑むと、彼女は見たこともない悲しい微笑を浮かべた。



「また…って、最初に約束破ったのはそっちじゃん…"明日"なんて本当に"明日会える"かなんて分かんないじゃん!!」



涙を流し、取り乱す彼女を俺は初めて見た。



桐也のせいで意識出来ていなかったが、彼女こそ病に命を蝕まれ、不安定な状態にあるのだ。



(なのに俺はやっぱり自分のことばっかり…)

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