第30話

一家惨殺事件―――



多和田秋人たわだあきとはその日、インスタントのコーヒーの入ったカップに口を付けながら、テレビから流れ聞こえてきた住所に思わず顔を上げた。



その住所は秋人が高校時代好きだった女子生徒の家の住所だったのだ。



「まさかな…」



住所は同じでも住んでいる人は違うかもしれないと、テレビから目を逸らした瞬間、顔写真と共に一生忘れられることのない女子生徒の名前が読み上げられた。



「うそだ……」



力の抜けた手から落ちたカップからまだ熱いコーヒーが膝にかかったが、ニュースの衝撃が大き過ぎて、コーヒーの熱さなど全く感じなかった。



「和田……」



彼女の父親が行方不明になってから、彼女は変わった。



秋人が入り込む隙もないほど友人が常に周りを囲まれ、放課後もバイトに習い事に忙しそうにしていた。



その為、秋人と彼女は自然と疎遠となり、クラス替えなどもあってそのまま卒業してしまったのだ。



大学も女子大に入ったと風の噂で聞いていたが、まさか結婚していたことは知らなかった。



秋人はずっと彼女のことが気掛かりで仕方なかったし、今でも彼女に対する強い執着を捨てられず歳を重ねていた。



「こんなことなら……」



伝えておけば良かった―――



秋人は溢れ出る涙をそのままに、足速に家を出た。

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