第28話
「は?」
まるでマネキンの腕のように床に落ちた自分の腕を見て、夫が首を傾げた次の瞬間、水色の物体が夫の首に噛み付いた。
「!?」
何事かと一瞬目を見開いた夫だったが、すぐに悲鳴をあげながら床へと崩れ落ちる。
大量の血しぶきを巻き散らせながら、水色の物体―――、姉は夫の肉をぶちぶちと噛みちぎっていく。
「やめて……お願い…」
床を這いながら夫の方へと向かう私の声に、姉は全く気が付いていないようで、こちらを全く振り返らない。
一心不乱に夫の肉を食んでいる姉。
「うそだ…」
夫の耳障りな悲鳴もとうとう聞こえなくなり、バタバタと動いていた手足もパタリと動かなくなった夫を見て、私は絶望した。
「どうして……」
ぐちゃぐちゃと咀嚼音を鳴らし、大きな体をぶよぶよと動かしながら夫の肉を食んでいた姉がようやく私を振り返った。
「ほのか、大丈夫?」
振り返った姉は、いつもの簡素で可愛らしい顔全体を真っ赤に染めながらいつもと同じ、くぐもった声を出した。
「あ……あ…」
私が声にならない声を漏らし、ただ涙を流していると、姉はすぐにボヨンと傍に来て、ふっくらとした頬を寄せ、「もう怖いの居ないからね」と頬ずりした。
そして次に少し離れた場所で倒れている絢へとテチテチと近付いていくと、一言二言声を掛ける。
しかし、絢は姉の声にピクリともせず、幼い無垢な瞳は見開かれたまま。
姉は短い藍色の前足で絢の頬に触れる。
「あやちゃん、あやちゃんどうしたの?おねぇちゃんだよ」
姉は分かっていたはずだ。
私達は失ってしまったのだ。
私は、奪われたのだ。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」
私が震える唇を開こうとした時、その前に姉の方が絢の遺体に縋り、発狂した。
いつも隠している耳まで裂けた大口を開き、ギザギザとした不揃いで鋭い牙を露わにしていた。
「絢…!!大切な絢!!殺された!!アイツに!!アイツが殺した!!許せない許せない、許さない許さない!!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!殺してやる!!殺しやる!!足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない!!!!!!」
ギャーギャーと恐ろしい形相で喚く姉に、私はペン立てに立ててあったハサミを乱雑に取り、握り締めると、思い切り姉の脳天に突き刺した。
「うぐぅっ!?」
突然の出来事に、姉は体を私に潰され、顔も元の簡素な顔に戻る。
「ほ…のか…?」
姉は真っ赤な顔で私を振り返り、縋るような声を出したが、私は左手で姉の体を押さえつけ、右手でハサミを再び持ち、姉の体に何度も何度も突き刺した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます