第36話
白川が少年から記憶を取り除くと、少年はバタリとその場に倒れ込んだ。
月明かりに照らされた少年の白い睫毛を眺め、白川は変わらぬ笑顔で呟いた。
「いいなぁ、君は…間違う月があって」
白川は暗い光を宿したキャラメル色の甘い瞳を細め、白い指でスっと少年の牛の角を撫でる。
「終わったな?行くぞ」
「あれ、僕にお礼とかはないんだ?」
用が済むなり白川と少年の間に入り込んできた満月に、白川が軽口を叩くが、満月は気絶した少年をその小さな肩に乗せて歩き出した。
(まあ、分かってたけどさ。お月様は絶対に僕を照らしてくれない)
白川は甘い笑顔を顔に貼り付けたまま、ゆっくりとした足取りで満月の後ろを歩き始めた。
「ところで、結局ここは何の為に作られた場所なの?」
「檻だ」
「檻?」
白川の問に満月が短く答えた後、くるりと体ごと白川を振り返った。
「コイツの父親は、ある神と"約束"を交わした。しかしコイツの父親は神との約束を果たさなかった」
「ダメじゃん」
「ああ、ダメだ。神との約束は口約束だとしても"契約"として魂に刻まれる。破ればタダでは済まない」
「死んじゃったの?」
小首を傾げる白川に、満月は金色の瞳を伏せた。
「いや、その神は直接的に父親を罰しはしなかった。が、そのすぐ後にコイツが生まれた」
「なるほど、人間から獣の角を持った子供がね?」
「そうだ。神はコイツの父親から"後継者"と、そして妻をも奪った。コイツはどう見ても獣人とのコラボだ、コイツの母親は周囲から不貞を働いた妻として蔑まれた。まあ、事実不貞な訳だがな」
「あらま」
「しかし、それも全て神によって仕組まれたものだった。所謂呪いだな、神はコイツの父親に繁栄のため、聖なる牛を授けた。その聖牛を大切に育てれば、国に繁栄をもたらすと言ってな。そして本当に国は繁栄した。本来、父親はこの時点で神に聖牛を返すべきだった」
「?その牛はプレゼントだったじゃないんだ?」
「ああ、"約束"と言っただろう?その約束とは、神が手を差し伸べたのだから、必ず国を繁栄させるということと、それが達成された後に聖牛を神に返還するという内容だった」
「なるほど、だけど"彼は"返さなかった?だから呪いを妻が受けた」
白川の"彼"というあたかも少年の父親を知っているような節に、満月は一瞬眉をひそめた。
「お前…」
「悪夢も言うのは、たとえ一国の王であっても手放したいらしいからね。なるほど、その子は彼の子供だったのか。それにしても父親とは違って記憶する全ての景色が美しい」
うっとりと何処か遠くを見つめる白川に、満月は「はっ、知っているなら説明させるな」と再び歩き出した。
「あらら、お嬢様のご機嫌を取り損ねたかな?」
そう言って白川は一人、亡骸があちこちに横たわったままの美しい花々の中で、自分の頭上に浮かぶ月を見上げた。
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