第2話

(な、なんだアレ…!)


人型の黒い影は、確かにそこに存在し、ピッタリと俺の横に張り付いていた。


その影は人型ではあったが、なぜか首だけが無く、恐怖で硬直した俺の体へとまるで絡まる様にして腕を回してきた。



「ひっ…あぁ…」



周囲には溢れる程の人がいるのに、俺はなかなか声が出せず、助けを求めることもままならなかった。



(なんで!なんで、なんで!!)



喉の奥でせき止められている声をなんとか絞り出そうと、無意識に固く拳を握り、ギュッと目を閉じた俺に、冷たい影の手がそっと触れる。



『こんなに疲弊して…可哀想に』



「!?」



すぐ耳の後ろから囁くように聞こえてきた声が"影"の声であることを、俺は本能的に理解した。



影は、その冷たい手で俺の固く握った拳をゆっくりと開き、『大丈夫、大丈夫』と囁く。



その優しい声に俺は導かれる様に閉じていた目を開けると、一番最初に目に飛び込んできたのは巨大な金色の目玉だった。



「ああああああああぁぁぁ!!!!!!」



恐怖の余り俺が悲鳴を上げると、その目玉はギョロギョロと数回、違う方向を探した後、叫ぶ俺へと視線を止めた。



「嫌だ!!来るな!来るな!!」



俺は、今見ている物がなんなのか把握する前に口走っていた。



アレがなんなのかなどどうでもいい、


一刻も早くここから逃げ出さなければと、心臓が早鐘を打っていた。


しかし、背後は冷たい影によって押さえられており、体は微塵も動かすことが出来ない。



そして不思議なことに、首だけは自由に動かせるはずなのに、正面から俺をジッと観察するように見つめてくる金色の目玉から目が離せないのだ。



「嘘だ…なんで…なんで…!!」



目玉は、瞳孔だけが猫の様に細く、漆黒で、一般的に白目と呼ばれる部分が金色に燃えているようだった。



その目を、見れば見るほどに、その"目"だけが脳に焼き付けられ、次第に恐怖心すら麻痺させていく。



そして完全に意識が"無"に近いところまで落ち着いた時、再び耳の後ろから影の声が聞こえてきた。



『可哀想に、そこまで追い詰められていたなんて。大丈夫、もう大丈夫だよ。君は間違っていない、間違ってるのは……………そうだろう?』



俺には途中、影がなんと言ったのか全く聞き取れなかった。



「間違っいるのは…」の先は、まるで電波の悪い地下鉄に入った時の様なブツブツと音が途切れ、電波が入ったり消えたりする破裂音のようだったが、



次に俺が影へと返した言葉は、「はい」の一言だった。

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