第2話

「む、むむむむむ〜、むむむむむ〜!!」


結局あの後、朱殷は一晩中恋の腕に抱かれ、朝を迎えた。



思い通りに動かない体で、朱殷はなんとかして恋の腕から逃れようと懸命に色んな方向へと体を捻ってみたりしたが、全くどうにも出られそうにない。



(……というか一体これはどういう状況なんた…)



朱殷は変わり果てた自分の白いふにふにの手で穏やかな寝息をたてる恋の頬を殴り(突き)ながら、自分の記憶を遡った。



夕方に会社を退勤し、その足で副業先のホストクラブに向かおうとして………。



(あれ?店に行ったんだっけ?いや…店に着く前になんか誰かに会った様な…でも誰に会ったんだ?)



曖昧な記憶の糸をなんとか手繰り寄せようと頭の中で手を伸ばすが、あと少しの所で届かない。



「むぅ〜ん……」



表情筋など無いはずの布の額にギュッとシワを寄せ、必死に考えるモードの朱殷の耳に、ふと笑い声が響いた。



「あっはは、おはよう。どうしたの?そんな難しい顔して」



響いてきた声に、ぎこちない動きで顔を上げると、目覚めた恋が無邪気に微笑み、朱殷の柔らかな頬を撫でた。



「むむ、むむむむむ!!」



一晩の発声練習の甲斐あって、声は出せるようになったが、縫い付けられた口では発語が出来ず、言葉を返そうとしても意味不明な音にしかならない。



「うんうん、お腹すいたかな?ちょっと待ってね」



意味不明な音を発する朱殷に、恋は何故か頬を赤らめ頷くと、ベッドから立ち上がってしまう。



(ちーがぁーう!!お腹なんてすかない!!とりあえず先に私は入院したとかなんとか理由をつけて会社に連絡してくれぇ〜!!このままでは無断欠勤になってしまう!!)

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