第53話

普通、傀儡となった人間は少女の命令には逆らえない。



そして自我を失う為、会話をしなくなるのだ。



故に、エリックのように事前に少女によって吹き込まれた言葉だけを他者に繰り返するようになる。



しかし、オリヴィエはそうではなかった。



確かに行動をコントロールされ、意図せず自宅に戻っていたり、多くの記憶が欠落しているが、少女との記憶は鮮明に残っていた。



「バーベナ…君が好きだ。君がなんと言おうと、俺のこの想いは変わらない」



『…………でもだからって…』



困惑するバーベナに反して、オリヴィエは穏やかに微笑んでいた。



「この先、俺よりも君の幸せを願い、寄り添ってくれる存在が見つかりますように」



オリヴィエはそう言って最後に力を振り絞ってバーベナの襟元を強引に引き寄せてその冷たい唇に噛み付くようなキスをした。



『!?』



そして驚きで身を固くし、言葉を失うバーベナの顔を見てふっと微笑み、ゆっくりと目を閉じた。




この美しい花が自分の手に入る訳がない。



そう、彼は最初から分かっていた。



友人の復讐すら放り出し、



我欲の為に親友を殺し、



故郷に恐怖をばら蒔いた。



彼女はそんな身勝手で浅はかな自分に、与えられていい存在ではない。



『待って!貴方にまだ聞きたいことがあるの!』



薄れゆく意識の中で微かに聞こえる愛おしい少女の声。



しかしオリヴィエには既にその声に答える力は残っていなかった。



(やっぱり呼んでくれないのか)



『お願い!返事をして!』



オリヴィエは内心、切なさと愛しさが複雑に入り交じった気持ちで笑い、そしてゆっくりと、確実に自分の命の灯火が消えていくのを感じていた。



(本当に神がいるのなら、どうか…どうか今度こそ…)



「君を…俺のものに…」



オリヴィエの強い祈りが彼の死にゆく体を動かしたのか、もはや意識も神経も失っているはずの体で、彼の唇が最後にそう言葉を紡いだ。



『!?オリヴィエ!!』



バーベナは彼の声を聞いてオリヴィエの体を揺さぶるが、それ以降彼が返事をすることは二度となかった。

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