第36話
『ないわ』
「えっ?」
予想外の返答に、オリヴィエは思わず起き上がった。
『だから、ないの』
「ないって…なぜ?」
目をパチクリさせるオリヴィエに、少女は少しうんざりしたようにため息をつく。
『貴方達人間に名前があるのは、同じ種族の中で個々を区別する為でしょう?だけど私は、私しか存在しないから無いのだと思うわ。誰かと区別するその"誰か"がいないの』
そう言って無表情でゆらゆらと揺れるロウソクを見つめる少女の冷たい体を、オリヴィエはギュッ自分の胸に抱き寄せた。
『!?なにするの!?やめなさい!』
少女は赤い目を光らせてオリヴィエに命令するが、オリヴィエの体は少女を抱きしめたまま離さない。
「いま、俺に命令した?」
『したわよ!なんで効かないの!?』
オリヴィエは既に少女の牙によって汚されている。
汚された人間は例外なく、彼女の餌として、そして下僕として彼女の支配下となる。
彼女の命令は絶対で、誰も逃れることが出来ないはずだった。
「記憶は消せたのにね、今回はダメだったみたいだね」
楽しそうに微笑みながら、オリヴィエは命令が発動しないことを良いことに、サッと少女を自分の膝の上に乗せ、後ろから少女を包み込む様な形で再びギュッと抱きしめた。
こうして抱きしめていると、微かにだが少女の体が震えていることが分かる。
「…震えてる…どうして?」
オリヴィエが少女の顔を覗き込むと、さっきから少女がずっと不安定に燃えるロウソクの火を見つめていることにようやく気が付いた。
オリヴィエがそっと手を伸ばし、一本のロウソクを持ち上げると、少女はビクリと体を跳ねさせる。
(これか)
その反応を見て確信したオリヴィエは、自分達の周辺でゆらゆらと揺れるロウソクの火を全て消してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます