第11話

「え…とうま…?」

「帰れ」



柚は俯いたまま顔を上げようとしない橙真の顔を覗き込もうと少し近付こうとしたが、再び「来るな」と橙真冷たい声に気圧され、一旦距離をとった。



「橙真…あの…俺…」

「言わなくていい…!」


これまで聞いたこともなかった橙真の冷たい声と鋭い言葉に、柚は戸惑いで震えた声を出すが、それもすぐに遮られてしまう。



「……お前の答えは分かったから…もう…黙って消えてくれ……」



(こたえ?)


柚はこの時、橙真の言動の意味が分からずにいた。


しかし自分の何かが橙真を傷付けたことだけはハッキリと自覚できた。


「……ごめん…」


ぐったりとソファーにもたれ掛かり、俯いたままの橙真に柚は最後にそう言って逃げるように部屋を出た。



「馬鹿だ俺は………最低だ…」


バタンと部屋のドアが閉まり、柚の気配が消えると橙真はぐしゃりと自分の髪を乱暴に掴んだ。



拒絶された悲しみと喪失感で自分の肩が震えているのが分かる。



しかし橙真が一番許せなかったのは、


こんな状況下でも、部屋に残る柚のシャンプーの香りと、抱きしめた時に吸い込んだ、貪りたくなる様な柚の体の匂いを思い出して昂る自身の浅ましい体だった。



「柚……好きだ…」


一人きりの部屋で柚の香りを抱きしめ、橙真はボロボロと涙を流した。


そして絞り出したその言葉は、誰の耳にも届くこと無く、虚しくも空に溶けていった。

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