第11話

夫が勢い良く車のドアを開けると、後部座席には娘に渡したはずの大きな白い猫のぬいぐるみが寝息をたてて眠っていた。



「い、いた…」



「む?ああ!やっと開けてくれた!」



ぬいぐるみは父親の声にパチリと目を開けると、綿の詰まった柔らかな体を起こして、ピョンと車から飛び降りた。



「!?」



急に動き出した朱殷に驚きで硬直している父親をよそに、恋は自分のもとへと駆けてくる朱殷に堪らず声を上げた。



「朱殷さ〜ん♡もう!勝手にいなくなっちゃうからびっくりしたよ!」



「いやぁ〜ごめんなさい、恋さんを待ってたらいつの間にか知らない車の中で…」



「やっぱりこっちと間違われてお持ち帰りされちゃってたんだね…。あ、こんばんは。夜分遅くにお騒がせしました。あとコレ、お宅のお子さんへのプレゼントでしょうか?」



そう言って恋は途中から思い出したように父親の方へと向き直ると、朱殷とそっくりだが朱殷より一回りは小さい一頭身の白い猫のぬいぐるみを差し出した。



そのぬいぐるみにはクリスマスを連想させるデザインが施された真っ赤なリボンがお腹に一周括られていた。




「あ…コレは…」



「こっちが本当のプレゼントですよね?猫の耳に名前が刺繍してありました。お子さんの名前でしょうか」



困惑する父親に恋は柔らかく微笑み、ぬいぐるみを手渡す。



恋の言葉を受けて受け取ったぬいぐるみの耳を確認した父親は一瞬目を見開く。



「あ、そう言えばお父さんコレも」



ぬいぐるみはポテポテと父親に近付くと、地面に一旦ドスんと座り、腹の縫い目に汚れた前足を突っ込み、中から一枚の紙を取り出した。



「はいコレ」



「…これは?」



父親は恐る恐る朱殷から一枚の紙を受け取ると、そこには複数の社員の名前が書いてあった。



「無理な納期を毎度押し付けてくる問題児リストです。その人達、自分の仕事を他人に押し付けて恋さんのお店に入り浸っている常連さんなんですよ」



「え、そうなの?」



恋の驚いた反応に、朱殷は前足を腰に当てた。



「ええ、間違いなく!私は覚えていますよ!一応事務をしてましたからね!ま、かと言って本人達を簡単にどうこうは出来ないでしょうけど、使い方は変えられるんじゃないんですかね」



「さすが朱殷さん♡可愛い♡」



「えへへ、帰ったらクッキー食べたいです」



「良いよ♡いっぱい用意してあるから♡」



「わぁ〜い!」



二人は途中から完全に父親の存在を忘れて、ひたすらに食べ物の話をしながら少し離れた場所に停めてあった車へと乗り込んでいった。

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