第7話

「うああああああああぁぁぁ!!!!」



満月によって投げ飛ばされた朱殷は、凄まじい風を全身に受けながら、最終的にある高層ビルの窓ガラスを突き破って止まった。



「きゃー!」



突然窓ガラスを突き破って入ってきた白い塊に叫び声を上げたのは一人の女性社員だった。



「むぅ…ほんとに人間じゃなくて良かった…。人間の体だったらきっと頭から血が出てるどころの騒ぎじゃ済まないよ…」



壁に丸い窪みを作った朱殷は、まるで何事も無かったかのようにむくりと窪みから這い出でると、こちらを驚愕の表情で見つめる数名の社員達に向かって叫んだ。



「こんばんは、仕事を終わらせにきました!」



「ひっ!ぬいぐるみが喋った!」



「ああ…残業続きで幻覚が…俺、もう死ぬのかな…」



(うわ、なんかこの人達も可哀想な感じだな…)



疲労困憊と言った社員達の表情を見て、朱殷は「諦めるな!」と再び叫んだ。



年末の仕事納めの辛さは、朱殷にも分かる。



「今残っている作業を整理しましょう。今は誰が何をしている状況ですか?自暴自棄になっても仕事は終わりません、優先順位を決めて、一つずつ終わらせましょう!時間がありません!クリスマスが終わる前に、私が貴方達を帰宅させてみせます!」



ドドーンとデスクの上に立ち、プリっとしたお尻を突き出し、短く黒く汚れた前足をグッと押し出すと、



社員達は疲労からか、ボロボロと涙を流しながら拍手を朱殷へと送った。



唐突に現れた喋るぬいぐるみをすんなり受け入れてしまうほどこの会社の社員達は追い詰められているようだった。



(疲れって怖いな…)

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