第4話

(そう言えば私はクリスマスにケーキやプレゼントなんて貰ったことも無かったな…)



朱殷は父親の車が走り去った方向へととりあえず走りながら自分の子供の頃のことを思い出していた。



朱殷の父親は、朱殷が幼い頃に亡くなっており、物心ついた時には既に母親と二人暮しだった。



しかし父親を失った母親は、そのショックから新興宗教へとのめり込んでいってしまった。



"信じていれば救われる"朱殷の母はそう言って祈りの時以外、外へと出ようとはしなかった。



(祈ったところで何も変わらないのに)



母の言う"救い"とは"悪いことが起きない"という点においてはその通りだったかもしれない。



しかし、二人の親子の生活はちっとも良くはならなかった。



当たり前だ、自分を救えるのは自分しかいない。



そもそも祈らなければ救いの手を差し伸べることをしない存在が本当に"慈愛深い"と言えるのだろうか、朱殷は密かにそういった疑問を抱いていた。



どんどんと落ちぶれていく母の姿を目の当たりにし、朱殷は他人への執着を捨てた。



そして次第に自らの母を"母"としてではなく、一緒にただ暮らして居るだけの"他人"として扱うようになった。



他人に期待してはいけない、



他人に多くを求めてはいけない、



そう考えるようになってから母が朱殷の誕生日を忘れても、宗教の関係上、クリスマスを楽しむことを禁止されても何も感じなくなった。



しかし朱殷自身、そう割り切れるようになるまでには何度も今日の桃のように一人で泣いていた。



泣いて、泣いて、泣いて、



母を恨み、思い通りにならない現実を恨んだ。



冬休み明けに親からのプレゼントを自慢するクラスメイトや、旅行土産を配り歩くクラスメイトの顔を心の中でぐちゃぐちゃに引き裂いていた。



そして母の信じる神さえも恨んだ。



教会の"神"と称えられる"なにか"に跪き、口では祈りの言葉を発しながらも心では真の信仰者ではない自分を見抜いてみよと蔑んでいた。



今日、桃の涙をこの体に受けてみて、朱殷は信じられないくらいその時の"痛み"を鮮明に思い出したのだ。



だから走り出した。

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