心の天気は雨のち晴れ!
小林汐希
心の天気は雨のち晴れ
『新年、あけましておめでとうございます!!』
どのチャンネルに変えても、テレビから聞こえてくる同じセリフに、私、
朝はそれでも、両親に新年の挨拶をしてお年玉をもらったんだし、冬休み中だけど早起きして初日の出もちゃんと拝んだり。それなりにお正月らしいことはしたんだけどね。
それにしても、テレビは判を押したように同じような芸能人が無理やり大騒ぎしている内容ばかり。毎年のお正月特番とはこういうものだと頭では分かっていても、新年早々からこれじゃなぁ。ネットで自分の好きなコンテンツを流している方がよっぽどバリエーションがある。「最近の若者はテレビを見ない」とよくネットの記事に書かれるけれど、それは私たちが一方的に悪いのではなくて、逆に言えば「テレビが面白くなくなった」というのが言い方としては正しいんじゃないかな……。
スマホのアプリを立ち上げて、歌詞のない静かなBGMをストリーミングで流すようにする。こっちの方が今の私には合ってる。
昨年から私の家はそれまでにあった『お盆休みや年末年始の帰省』というものから縁が切れた。
小学校の頃はそれでも楽しみにして帰省していた、お爺ちゃん、お婆ちゃんたちがみんな居なくなってしまったからで、帰省そのものの必要がなくなってしまった。
それに、もし健在だったとしても今年はそれもなかっただろう。
だって……。
「美代、お父さんとお母さん少し出かけてくるけど、美代はどうする?」
きっと初詣のついでに、よく行くショッピングモールの初売りに行くんだろうな。年末にそんなチラシが入っていたっけ。
「ううん、二人で行ってきていいよ。受験生に正月はないんだから」
「分かった。正月から無理して風邪引くなよ? 夕方には帰るから。お昼はどうしようか」
「おせちも残ってるし、何か適当に食べるから気にしないで大丈夫だよ。ごゆっくり」
「分かった」
お父さんが階段を降りていく音がした。
そう、私の立場は中学三年生の高校受験期間の真っただ中というもの。
私立校が今月末で、公立校が来月の中盤にある。
気持ち的には今日くらい休みたいというものが半分くらいあるけれど、それでも参考書を開いていないと落ち着かないという自分がいたりする。
両親が玄関から出て行く音がして、家の中が急にシーンと静まり返る。
他にやることがなくなった私は、机に向かって参考書を開く。
「あーあ、本当に毎年この正月ってのはつまらないんだよねぇ……」
小さい頃は凧揚げをはじめ正月遊びをしたり、みんなでお出かけして楽しかった思い出がないわけじゃない。
それが中学に入って、長期休暇もないような部活が始まったりすると、家族で出かけるなんて事もなくなってしまった。
たまの休日は、体力回復のための休息になってしまうし、本当に小説や漫画に出てくるような青春時代はどうやったら送れるんだろうと不思議に思ったこともあったっけ。
私だって登場人物と同じ年頃になったからには、お洒落もしたいし、それこそ恋だってしてみたい。
でも、そんな意識が芽生えるこの中三生は、受験という悪魔に立ち向かわなくちゃならない。
それを乗り越えて、晴れて高校生になって、思いっきり羽を伸ばして「デビュー」なんてことになる人もいるみたいだけど。
そういえば、ずいぶん垢抜けた人もいたなぁと文化祭の時に会った先輩たちを何人か思い出す。
あそこまで変わるつもりはないけれど、自然でいいから……、好きな人が出来て、一緒に勉強したり、時にはデートしてみたり……。
いけない。こんなこと考えて時間が無駄になっちゃ……。
そもそも、私にそんな彼氏なんていないもん。
そりゃ……ね、一応だけど好きな人はいるよ? でも片思いだもの。同級生だから、私のそんな気持ちをぶつけてしまって、受験に影響が出て、私のせいだと言われてしまっても責任が取れないし。
「あーあ、こんなんじゃダメじゃない~」
少し気分を変えるために休憩をしよう。
立ち上がって、レースのカーテンを開く。
お父さんたちも出かけたくなるのも納得した。
風もなくて光が入った窓際はぽかぽか暖かい。日本のお正月という陽気。
こんな日に机に向かっているだけなんて、本当に悲しくなってしまう。受験生の周りにだけ雨が降っているのではないかとの気分になってしまう。
もちろん目前に控えた試練を蔑ろにすることはできない。後で笑いたければ今手を抜けないことも分かってる。
でも、それだけじゃないんだよ……。今日一月一日ってのはね……。
「あれ?」
ふとあることに気づいた。
お隣の、私とお向かいにあるお部屋のカーテンが開いている。
そこは
小学一年生の時に隣に越してきて、それからずっと一緒。同い年の子どもということで、互いの両親も仲良くなって、学校行事だけでなく、いろんなイベントも一緒にやったりもした。
そして……、そう……。私の片思いはその隆君。見た目は決して派手じゃないし、スポーツ万能でもないけれど、人一倍の努力家で、夜遅くまで頑張っていたり、私も宿題とかテスト前に勉強を教えて貰うなんてことも日常茶飯事のこと。
目立たないけれど、実直なところが私のハートを捕らえてしまっていた。
でもね、邪魔しちゃいけない。隆君にだって、きっと好きな子がいると思うよ。受験の時に恋愛感情で浮つくなんて……、雑念はダメだって……。
いやそうじゃなくて。気になったのは隆君のお部屋のカーテンが開いていることの方だ。確か年末の三十日からご実家に帰省すると言っていた。だから昨日の大晦日もお家は暗かったはずなのに。
何かあったのかな……。
予定を早く切り上げるなんて、何か急な用事が入ったのかな。
そんなことを思っていると、窓がガラッと開いた。
「美代、どうしたの?」
「隆君、帰ってきたの?」
突然のことに私の心の準備の方が追いつかない。ドキドキしているのが伝わりませんように……。
「俺だけ先にね。実家にいてもやることないし、勉強って言っても、爺さん婆さんにとっちゃお客さん扱いで気合いも入れられないしさ……」
「そっかぁ」
隆君も一人なんだ。そうだよね、この歳にもなれば、一人でのお留守番だって心配するほどでもないだろう。
「美代は初詣行った?」
「ううん、まだ」
「じゃあ、一緒に行こうぜ。そっち行くよ」
「う、うん。あ、でもちょっと待ってて。支度するから」
「分かった。準備できたら教えて」
突然のお誘いに驚いたけど、ちょうど息抜きもしたかったし、これだけ暖かいお天気なら風邪をひくこともないだろう。
さてと……。
今日はずっと家にいるつもりだったから、スエットの上下だったし、髪の毛も後ろでざっと縛ったままだった。
でも、隆君と出かけるとなれば、近所の神社だとしたって、少しは考えなくちゃね。
私の部屋のカーテンを一度閉めて、クローゼットを開けた。
最近こういうお
濃紺に細い赤が差し色で入るチェックのスカートにして、足の寒い部分は白の厚手ストッキングにした。
急いで髪の毛をまとめたけど、少し後ろが跳ねちゃってる……。
そこだけミストを馴染ませてブローして、リボンのバレッタで押さえちゃえば隠せるよね……。
鏡の前に立ってみると、まぁ、十分で急ごしらえしたにしては上出来だと思う。
仕上げにリップクリームを塗り込んで、黒のローファーを合わせた。アイボリーのダッフルコートを羽織って、なんとか無難に落ち着いたかな。
玄関に隆君と初詣に行くと書き置きを残して、お隣のチャイムを鳴らした。
「お、お待たせ……」
「美代……、すげえな。そんなに気張らなくてもよかったのに」
「だって、さっきのはちょっと……誰かに見られたら恥ずかしいし……」
顔が赤くなる。本当だったらさっきの姿も恥ずかしかった。でも窓越しに隆君には普段着やパジャマ姿も見られているくらいだから、私が着飾ったところで中身は知れている。
でもそれ以外の他の人には見られたくない。それはやっぱり私の女の子としてのプライドってものかな。
「逆に俺の方が緊張しちゃうよ」
「えっ?」
隆君も顔が赤いよ。そんなに変なこと言っちゃったかな……。
「美代がそんな可愛い恰好してるんだからさ……」
「似合わないかなぁ……」
「いや、だから可愛いって言ってるじゃん……?」
あ、そっか。
……。あれ? それって、意識されているってこと?
私が立ち止まってしまったのを、数歩先を行ってしまった隆君が気づいて振り返ってくれた。
「美代、行くよ?」
「うん。ごめん!」
今だに夢じゃないかと思ったりもする。それこそ絵に描いた「お正月」という風情の中で、二人並んで初詣に出かけるシチュエーション。お互いに家族と一緒だったらまだしも、隣は隆くんだけなんて。
近所にある神社、普段は静かで私たちも小学校の帰りによく遊んだし、学校で嫌なことがあったりすると、一人で境内に座っていたりと、昔からなじみの場所。
さすがお正月ということで、いくつかお店が出ていたり、
参拝までは少し列があって、隆君と二人並んでお賽銭を入れてから
「美代は何をお願いした?」
「うーん、いろいろあったけど、今は志望校合格かなぁ」
「そんなに煩悩だらけだと、どれも叶わないんじゃないか?」
「もぉ、いじわるぅ」
おみくじは隆君が中吉で私が末吉。
落ち込んでいると、今ここで大吉を出してこれから落ちて行っちゃ困ると慰めてくれた。
「あれー、北村さんに水野君だ。二人で来てんの?」
「うん、家が隣だしね」
そんなおみくじを結び付けて帰ろうとした時だった。
正直、正月早々からあまり顔を見たくない人たちに会うことになるなんて。
この中学三年生の内心どこかピリピリしている中で、男の子と二人で初詣にいるというだけでなにかとゴシップの話題にされてしまいかねない。
「二人っきり?」
「二人って付き合ってるの?」
「ほら、北村さんだって、そんなにおめかししちゃってるしぃ」
「デートでしょ! いいなぁー!」
「お正月デートなんて憧れだよねぇ!」
「あんたは今からでも誰か誘ってみれば?」
「イケるかな?」
ほらまた所かまわず勝手に始まった……。なんでもかんでもそこに持っていくのかなぁ……。
「付き合ってるように見えるか?」
意外な声が隣からした。もちろん隆君しかいないんだけど。いつもの私が知っている声じゃない。すごく冷たくて、硬い声だった。
「えー、違うの?」
「神聖な神社でそんな大きな声出してはしゃいで、みっともないと思わねえのかよ。俺たちのことは好きなように勝手に想像してくれ。その代わりお前らの勝手な思い込みで北村に迷惑をかけるな」
えっ……。隆君、黙ってしまった私に代わって私のこと庇ってくれてる?
分かってるはずだよ。あまり友だちづくりが上手くない私のこと。もしここで対応を間違ってしまったら、私だけじゃなくて隆君にも迷惑がかかっちゃう。それだけは嫌だ……。手のひらに脂汗が滲んできた。
「それに、いつも外出するとき、このくらい普通に着てるぞ。お前らこそ北村のことちゃんと見てないってことじゃないか? そっちの方が北村に失礼だろ」
「そ、そうなの?」
「そう。じゃあな」
隆君は全く動じることもなく、逆に言い返せなくなってしまった彼女たちを尻目に、参道の出口へ向かうために私の袖を引っ張った。
「さ、早く帰らないと風邪ひいちまうぞ」
「う、うん」
私もなんとかみんなに頭を下げて、隆君について境内の階段を降りていった。
「あ、ありがとう……」
「あんな連中からは、さっさと離れたもん勝ちだ。多分学年の他の奴を見つけては茶化しているんだろう。あんなにケバい化粧までして、逆にみっともねえ」
ようやく、めいっぱい早く打って苦しくなっていた胸のドキドキが落ちつき始めてきた。
「ごめんね……、いつも……」
そう言いかけたとき、隆君が露店で買ってきてくれたばかりの温かい紙袋を私にくれた。
「ほら、寒いからきっと美味いぞ」
すっかりいつもの声に戻って安心したと思ったのと同時に渡されたのは、焼きたてホカホカのたい焼き。それもカスタードクリームのもの。
ちゃんと、私の好きなものを覚えていてくれているんだ……。
それに気づいたとき、私の目から熱いものがすーっと頬に零れた。
「ご、ごめん。甘いものはダイエットでもしてた?」
「ううん。違うの。ありがとう……、うれしくて……」
慌ててたい焼きをほお張る。温かくて甘いクリームが口の中に広がって、私の心の中に染み渡っていく。
本当だよ。いつも目立たない私を見ていてくれた。
確かにお隣の隆君というのがこれまでの私たちの立ち位置。
でもさっきのハプニングでは、それだけじゃない。私のことをちゃんと守ってくれた。
心の中、それも片隅に小さく仕舞ってあった気持ちが大きくなってくるのが分かる。
……でもダメ。その気持ちを言ってしまったら、あまりにも唐突すぎる。それに私たち、受験生だもん。
きっと今のタイミングでお付き合いとかして成績とか試験に影響しちゃったら取り返しのつかないことになっちゃう……。
「さっき、ありがとうね……」
たい焼きを食べ終わって、また二人並んで家までの帰り道をたどる。
「なにかしたっけ?」
「みんなから守ってくれて……。私……ああいいうの苦手で……」
「美代はそのままでいいんだ。悪いことなんか何もしてないじゃないか。堂々としていればいいんだ……」
なんだろう。隆君もいつもと違う。凄く強くなっているようで。同級生なのに、守ってくれるお兄さんのようで……。
胸の中があったかい。
こんな私をそのままでいいと言ってくれた。
それは隆君の優しさ? それとも慰めてくれているのかな……。
「あのさ……」
「うん?」
私たちの並んだ家が見えるところまで戻ったところで、隆君が小さく呟いた。
「いま、うち誰もいないんだ……。寄っていかない?」
「えっ? いいの?」
何を考えているんだろう。再び胸が高鳴り始めた。
それぞれお留守番で、「それなら一緒にご飯にしよう」と二人きりになることなんて珍しいことじゃない。それは中学生になってからも同じで、学校帰りに「宿題やるか」と一緒になることも普通にある。
そうだよ。さっきのことで意識しすぎてるだけ。
隆君にとっては、いつもの延長線上でしかないはずなんだ。だから、私が一人で舞い上がっているだけなんだ。
「おじゃまします」
見慣れている隆君のお家に上がって、リビングで待つように言われた。
うん、隆君のお部屋じゃない。
ホッとしたような、少しガッカリしたような……。
なんなんだろうこの気持ちは? 初めての感覚に私自身が動揺してしまう。
そこに、隆君がお皿に箱を被せて持ってきてくれた。
「なにこれ?」
「いいから開けてよ」
言われたとおり、お皿の上の箱をそっと持ち上げた。
「……うわ……っ、もぅ、知らない……っ……」
さっきは一粒だった涙が、こんどは止まらなかった。
「おめでとう、美代」
ケーキの箱だとは見た目で分かったけれど、デコレーションケーキの上に乗ったチョコレートには、『誕生日おめでとう 美代』の文字。
そう、私の誕生日は一月一日の今日。
小さい頃から、お年玉と誕生日が一緒になっていたし。もちろん誕生日ってのはみんな一人ひとり違うけれど、世間がみんなお正月気分の時に、誕生日ということも言い出せないし、言ったところで忘れられていることが多かった。
だから、そんな話題を自分から言うこともなくなって、いつの頃からか私はお正月が好きでなくなっていた。
それなのに……。私のために……。
そうだよ、いくらショッピングモールが開いているとしたって、元日早々に誕生日ケーキを用意してくれるケーキ屋さんなんて、なかなかあるもんじゃない。
そしてもっと大事なことに気づいた。そうか、さっきはあんな理由を言っていたけど、本当はこれを届けるために家族より先に一人で帰ってきてくれたんだ。
「一人じゃ無理だから、隆君も一緒に食べよう?」
「いいの?」
「うん」
さっきのたい焼きよりも甘い、真っ白な生クリームのケーキは、ちょっとだけ隠し味に塩気が入っていた気がしたよ。
その日の夕食、彼が今夜も一人だということで、隆君を我が家に招待した。ケーキをご馳走になったとも正直に話した。
「一緒の高校に行けるように頑張る」
「あらあら」
もともと、私と隆くんが同じ高校を受けるというのは随分前から表明していたこと。学力的にも私がもう少し頑張ればいいというレベルで、誰も疑うこともなかったんだよね。
でも、ずっと思っていた。高校で隆君と離れてしまったら、お互いの会話がなくなってしまいそうで、知らない人になってしまいそうで、それが怖かったの……。
もちろん、恥ずかしい気持ちのことは話さなかったけれど、同じ高校を受けると改めて約束した私たちの話を聞きながら、私の両親もニコニコして異論は無いようだった。
帰りに隆君の玄関先まで送る。
「今日はありがとう……」
「うん……、あのさ……美代……」
「うん?」
急にモジモジしている……。私もこのドアを閉めたくない……。
「俺と……、付き合ってくれないか?」
ふふっ。本当だったらそれはさっき、二人きりのときに言いたかったんだよね?
「うん、いいよ。私も隆君が好き。だから、高校もその先も、一緒に行けたらいいよね」
決めていたんだ。今日、隆君は私の心に手をさしのべてくれた。もう、この手を放したくない。
そう、これからもずっと一緒に手を繋いでいたいから。
私が迷うことなく即答したことに、隆君は驚いたみたいだった。
「いいの?」
「うん、大丈夫。私もずっと考えていたことだから」
嘘じゃないよ、私の本心だもの。隆君と一緒なら、もう何も恐くない。
「隆君、ちょっと目をつぶっていて?」
だからこれは、私が嘘をついていないという証拠。
隆君の唇に、私はそっと自分の唇を触れさせた。
「美代……」
「今日はありがとう。これ、私のファーストキスだからね。だから、これからもお願いします」
「うん。美代、好きだよ」
「私も。隆君が好き」
月明かりでも分かるくらい、ふたりとも顔が赤かった。
「受験頑張ろうな」
「うん、必ず一緒の高校に合格できるように頑張る」
「美代ならできる」
「うん……」
生まれて一番嬉しかった誕生日のこと、ずっと忘れないよ。
そして初めてのキスは、心の中いっぱいに広がった甘酸っぱい幸せな味だったってこともね。
* * *
「そんな事もあったなぁ」
「今から考えると、凄く恥ずかしい事したんだって思っちゃうんだけどね」
あれから四年が経った。
隆君も私も大学一年生。そして今日は再びの一月一日。
あの後の高校受験は隆君のサポートもあって無事同じ学校の制服を着ることができた。
高校の三年間もそのペースは落ちることもなく、昨年の大学入試でも同じ大学に入学することができた。
私たちがお付き合いを始めたことは、「隠していてもどのみちバレる」とお互いにオープンにした。最初こそいろいろな声があったけれど、高校受験も無事に合格したときには、先生からも隆君に「北村を高校時代も頼む」だなんて言われたほど。
あの時の初詣で私たちのことを揶揄するように言っていた子たちは、冬休み明けから慌てて私たちの真似をしようとしたみたいだけど、その結果は受験もプライベートも散々なことになったらしい。
だから、その後も誰からも横槍を入れられることもなく三年間の高校生活を一緒に過ごして、そして大学も。
「『幼馴染パワー強すぎ』だなんてよく言われたけどな」
「それ私も言われた!」
帰りは選択講義時間の関係とか、お互いにアルバイトをしたりで帰宅時間は違うけれど、朝はこれまでと変わらずに一緒に家を出るし、夜は窓際だとしても「おやすみなさい」を言ってからじゃないとお互いに落ち着かない。
そんな私たちだから、「自由にやってくれ」とばかりに両家の両親が揃って今日は朝から出かけてしまった。
「さて……、夕飯の準備するか……。うるさい連中が帰ってくる前に」
今ではすっかり元日の夜は二軒が交代で集まって新年会と私の誕生会を兼ねての会食が習慣となっている。今年の会場は私の家のリビングだ。
「そうだね。あと一時間くらいで帰ってくるでしょ? その前になんだけど……」
「どうした?」
四年前のあの日は隆君からの突然のカミングアウトからだったよね。だから今年は私の番。
「ちょっとおねだりしてもいい?」
今では私たちの身長差は十センチくらいあるから、抱きついても私が上を向くことになる。
「これからも放さないでね……?」
「美代とはこれからもずっと一緒にいる。親にはまだ言えないけどさ……」
ふふっ。分かってるよ。私も同じ気持ち。言わなくてもここまでの関係が続いているから、どちらの両親も先々のことは分かってるんじゃないかな。
「分かってる。だからこれからも安心させて?」
「美代が甘えっ子なのは昔から変わらないな」
隆君の腕に力が入って、私はそれに体を委ねる。
そっと唇に温かい感触が落ちてくる。そう、これが毎年の私への誕生日プレゼント。
今は誕生日だからといって、子供の頃のように無理には品物をねだったりしない。その代わり、お互いに欲しいものが見つかった時は隠さずに言うことが約束で、タイミングを合わせて一緒に買う。これも「お年玉と誕生日がいつも一緒にされてしまった」私への気配りなんだって気付いていた。
だから毎年のこの日は、二人だけの時間と隆君からしかもらえないものをもらえれば、それで十分なんだ。もちろん隆君の時も同じにって二人で決めたんだよ。
それは、ずっとこれから先も続けていきたいし、私もそんな彼の気持ちに全力で応えたい。
お正月が苦手だった私に、その日は特別なんだと思い直すきっかけをくれたあなたへ、いつか今度は私から言葉にするんだ。
「あいしてる」……って。
心の天気は雨のち晴れ! 小林汐希 @aqua_station
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