***

  昼休みが来るのが待ち遠しくなった。

 昼休みになれば公園で金井さんとお昼ご飯が食べれるからだ。


「山下さん、今日も焼き鮭ですか?」


「うん、お恥ずかしながら」


「恥ずかしがることはありません。私も焼き鮭ですから」


 そう言って、何処か誇らしげに白飯の上に乗った焼き鮭を見せてくる金井さん。

 この子の見せる仕草全てが愛おしく思えてしまうのは、俺が恋に落ちてしまったからだろうか?

 35歳の男が18歳の子に恋に落ちるなんて自分でもどうかしていると思う。もちろん告白する気なんて毛頭ない。ほとんど歳の差がダブルスコアの俺である。子供といってもおかしくない年齢差でどうして告白なんて出来ようか。それに純真な心から彼女のことを好きだと胸を張って言う自信はない。何処かで彼女のことをやらしい気持ちで見ている、そんな気がしてしまうのである。

 仲良くなり同じベンチに座るようになったが、俺と彼女は自然とベンチの端と端に座る、これが俺らの関係性の適切な距離間なのである。


「山下さんは小説は読みますか?」


 弁当を食べ終わるとそんなことを言われ、俺は正直に答えた。


「いや活字は苦手でね、漫画なら見るけど」


「なるほど、それなら私のオススメを一冊読んでみませんか?もちろん私の私物を貸します」


 鼻息荒く俺に小説を勧める金井さん。よっぽど小説が好きなのだろう。


「分かった。頑張って読んでみるよ」


 小説を読みたくなったというより、彼女のガッカリした顔を見たくなかった俺は、苦手な活字にチャレンジすることにした。

 彼女が後日貸してくれたのは【四畳半神話大系】という作品で、大学生の主人公が自分の今の生活に嘆き奮闘するといった内容の話だった。挿絵も無い様だったので読むのに億劫な気持ちになったが、読み進めていく内にクスリと笑っている自分に気が付いた。読みやすくて面白い、そういう本を俺の為に金井さんが選んでくれたのだと思うと素直に嬉しかった。あとこの本の明石さんというヒロインが、何処となく金井さんに似ていると思う。


 休日半日かけて小説を一気に読破した俺は、次の日の月曜日に金井さんに感想を言うのが楽しみになっていた。しかしながらその日は仕事のキリが悪く、あれやこれやとやっている内に昼休みの四分の一を過ぎてしまった。なので俺は大慌てで弁当と小説を持って公園に急ぐことにした。

 18歳の女の子相手に小説の感想を言うためだけに必死になるオッサンは滑稽に見えるかもしれないが、俺にとっては細やかな楽しみなのである。


 公園に着くと金井さんをすぐに見つけることが出来たが、そこには他に金髪や剃り込みの入った頭のガラの悪そうな三人組の男が居た。ベンチに座る金井さんを取り囲むように立っているので嫌な予感しかしない。


「お姉さん、お昼休み?」


「それ何お弁当?」


 ヘラヘラと笑いがら口々にそんなことを言う男達。質の悪いナンパだろうか?

 しかしそんな男達に怯む金井さんでは無かった


「あの、食べるのに邪魔なので何処か行ってくれますか?」


 明らかに拒絶の想いを滲ませて冷淡に言い放つ金井さん。一般人ならこの言葉で心が折れるところだが、言う相手が不味かった。


「テメー、コッチが下手に出てたらいい気になりやがって」


「ちょっと面貸せや」


 男達はあからさまに不機嫌になり、一人が金井さんの手を掴もうとした時、俺の体は自動的に男達に駆け寄った。

 大柄な俺が近づいてきたので男達は一斉に俺のことを見た。


「なんだテメー。油臭い作業服なんか着てよぉ」


「こっちくんじゃねぇよ。取り込み中なんだよ」


 そんな風に言われたが、口下手なので返す言葉も無い。ただジーッと男達を睨みつけるだけである。


「山下さん、気を使わないで良いです。私が話をつけますから」


 そうは言われても密かに想って人がピンチなのだから、俺も何もしないわけにはいかない。とはいえ出来ることはジーッと男達を睨みつけるぐらいなものだから何だか情けない。

 

「テメー向こうに行けって言ってんだろうが‼」


 ツカツカと男の一人が俺の方に近づいて来る。そうして右の拳を握り、迷いも無く俺の顔面を殴りつけたのだ。


”ガッ‼”


 久しぶりに殴られたが思ったより痛くない。コイツ、ちゃんとご飯を食べているのだろうか?


「痛っ‼……コイツ硬ぇ」


 右手をブンブンと振りながら、怖がった目で俺の方を見る男。俺は相変わらず睨みつけるだけである。


「お、おい、コイツやばいって、ずらかろうぜ」


「お、おう」


 最初の勢いは何処へやら、男達はすごすごと公園を後にした。良かった、もう二、三発は殴られるつもりだったが、思ったより根性が無くて助かった。

 男達が居なくなると、ハンカチを持った金井さんが俺に近寄ってきた。


「や、山下さん大丈夫ですか?……口から血が出てます」


「あぁ、口の中を切ったみたいだね。まぁ大丈夫。鉄の味がするぐらいさ」


 俺が口を切っただけで事態が収まったのなら御の字である。荒事にならなくて良かった。


「山下さん、助けて頂いてありがとうございました」


「いやいや、良いよそんなの。それよりも君から借りた小説面白かった。感想を言いたいんだけど良いかな?」


「そ、それは構いませんが、何かお礼を……」


「そんなのいいから、早くベンチに座ろう。昼休みが終わっちゃう」


「あっ、はい」


 それから小説の感想を言い合って、ひとしきり盛り上がった。その一時が楽しくて、前半の男達とのいざこざのことなんて俺はすっかり忘れてしまった。

 だがしかし、その日からというもの不思議なことが起こり始めた。


「明日は私が山下さんのお弁当を作ってきます」


「なんで?」


 戸惑う俺を他所に、次の日に本当に彼女は弁当を作ってきた。いつものドカベンではあったが、焼き鮭の他に鳥の唐揚げも入っていた。


「美味しいですか?」


「う、美味いよ。これは金井さんが作ってくれたの」


「もちろんです。朝早くに起きて作りました」


「そ、そうなんだ。ありがとう」


 俺と彼女のベンチの端と端の距離が、いつの間にか拳二つ分ぐらいに縮まっているのだが、その理由を俺が知るのは、もっと先の話であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

溶接工の恋模様 タヌキング @kibamusi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画