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俺は昼休みの時に工場の近くの公園に行く。
別に職場の仲間と仲が悪いわけでは無いのだが、男臭い休憩所で弁当を食べるより、外に出て開放的な気分で弁当を食べるのが好きなのである。
木陰になっている、いつものベンチに座り、風呂敷を開けるといつもの銀色のアルミ製の容器が出てきた。俗に言うドカベンである。その蓋を開ければギッシリ詰められた白米の上に焼き鮭が埋め込まれている。いつも通りのシャケ弁である。
高校時代の頃はのり弁の時もあったが、社会人になってからは毎日の様に母にシャケ弁を作ってもらっている。母は面倒臭いと言いながらも、いつも美味しいシャケを焼いてくれているので感謝の念が堪えない。
モリモリと俺がシャケ弁を食べていると、子供連れの奥さんがやって来て、子供と砂場で遊んでいる。子供は小さく2,3歳ぐらいだろうか?こういう風景を見ていると真っ先に思い浮かぶのは、あのぐらいの子供、もしくはもっと大きな子供が俺に居てもおかしくないんだよな、という実に悲観的な考えである。だがしかし、こういう幸せそうな風景を見ていても子供が欲しいとは思わない。色々理由があるが、子供が出来た時に責任が生まれるのが嫌なのだ。自分一人が生きるだけでも精一杯なのに、どうして子供に対して責任を取れるものか、というか取りたくない。少子高齢化の昨今、俺のような考え方は非難を浴びるかもしれないが、非難されたところで考え方を変える気はサラサラ無い。
”モシャモシャ……”
ん?俺が考え事をしながらシャケ弁を食べていると、隣の方からも租借音が聞こえてきた。隣にもベンチがあった筈だが、俺の様に昼飯をベンチで食べている奴が居るのかと、興味本位で隣の方を向いてみた。するとそこには口いっぱいに物を詰め込んだ、我が社のアイドル的存在の金井さんが居た。口いっぱいに物を詰め込んでいるので端正な顔立ちに乱れが生じているが、ハムスターの様で可愛かった。
俺が見ていると金井さんも気づいたのか、口の中の物をペットボトルのお茶で流し込み、何事も無かったかのようにコチラを向いて「どうも」といつもの様に愛想の無い感じで一言。頬を膨らまかせていたのが夢だったかもしれない様に思えたが、彼女の口元に米粒が付いていたので、どうやら夢では無いらしい。
「金井さん、口のところに米粒付いてるよ」
俺がそう指摘すると、金井さんは慌てて手探りで米粒を探し始め、それを掴むとひょいっと口の中に放り込んでしまった。少し頬を赤らめているのが可愛らしいじゃないか。
「これはお見苦しいところを見せました」
「いやいや、金井さんもここでお昼食べるようにしたのかい?」
俺がこう問いかけると、金井さんはいつもの金井さんに戻り説明を始めた。
「はい、昨日まで経理の人たちと食べていたんですが、どうにも自分の租借音が気になりまして、思いっきり食べれなかったんです。そうなると食べた気がしなくて、それで外出して食べている次第であります」
「なるほどね」
確かに離れた距離でも聞こえる租借音だ。囲んで食べれば嫌でも周囲に聞かれてしまう。それは女の子にとって気になる事なのかもしれない。
ふと彼女の食べている弁当の容器に目をやると、銀色のデカデカとしたフォルムに既視感を覚えた。俺のと見比べてみたが完全に一致している。あれはドカベンである。
「金井さんもドカベンなのかい?」
「はい、高校生の頃からこの弁当の容器で食べています」
我が社の若手の女性社員とまさかの共通点があるとは、人生何があるか分からないもんだ。気になったのでもう一つだけ質問することにした。
「おかずは何だい?」
俺の質問に金井さんはポツリと一言だけ答えた。
「焼き鮭だけです」
たった一言、そんなたった一言の言葉に俺は年甲斐も無くキュンとしてしまった。
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