溶接工の恋模様

タヌキング

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 俺は小さな工場で働く溶接工だ。ひたすらに鉄と鉄をくっつける仕事だが、やり甲斐は感じている。鉄が焦げる臭いに安らぎすら感じるぐらいである。

 名前は山下やました つよし。35歳のオッサンであるが恋愛経験なし、SEXの経験も無い。実家で両親と住んでいて、もう両親すら結婚の話題を切り出さなくなった。


「剛が良いならそれで良いよ」


 そんな言葉に俺は安堵していた。孫の顔でも見せた方が良いかと思ったが、両親が良いというなら、現状維持でも構わないということだろう。

 女性に興味が無いをいうワケでも無い。性欲だって人並みにはあるだろうし、綺麗な女の人を見掛ければチラチラ見てしまう。しかしながら親しくなる様な機会も無いし、自分から積極的にそういう場に行こうという気も無い。

 一度だけ先輩に連れられて合コンに参加してみたが、女性を目の前にするとあがってしまって、最初に斬り出した話が天気の話なのだから、上手くいかなかったことは言うまでも無いだろう。

 これが自分から動かなくても女が寄ってくるようなイケメンなら話が変わってくるのだろうが、ラグビーで鍛えたゴツイ体に、ホリの深い日本人離れした強面の俺を怖がりはすれど、寄って来ることは万に一つも無い。一度だけゲイバーでモテたことはあるが、残念ながら俺は同性と付き合う様な思考は持ち合わせていなかった。

 勘違いしないで欲しいのだが、別に独身でいることに不満はない。家で一人で動画を見ながらゴロゴロすることに至福の喜びを感じている。この至福の時間を家族団欒というものが奪っていくというのなら、結婚はしないで良いかな?という気もするのだ。もちろん、結婚したら考え方が変わるかもしれないが、そんなのは結婚してから話であり、今が幸せならそれで良いと考える。


 

 そんな思考を持ちながら日々を漫然と過ごしていたある日のこと。ウチの会社の経理に高卒の女の子が入った。小さな会社なので経理も人が少なく高齢化が進んでいる、ゆえに求人を出して新入社員を取りたかったのだろうが、18歳の女性が入って来るとは思いもしなかった。


金井かない 円華まどかと言います。これから身を粉にして働く所存でございますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 溶接工場だからといって鉄の様に硬い金井さんの自己紹介に、周りはシーンとなってしまったが、礼儀正しくて良い子が来たなと俺は好印象だった。

 目元がキリっとしていて端正な顔立ち、細身だが長い足が美しく、まるでモデルの様である。髪はポニーテールで一つ結びにしており、これから戦場に赴く女武者を彷彿とさせた。

 あまり関わり合いになることは無いだろう。鉄の臭いの染みついたおじさんが近づくだけでスメハラだとか言われて訴えられたら敵わない。接点があったとしても一定の距離は取らないといけないな。

 金井さんは綺麗なので、工場の若い連中はこぞって彼女の気を引こうとしている。しかし金井さんは全然なびかないらしく、誰かが映画に誘うと「映画は一人で見る方が好きなので、申し訳ありませんが行けません」と丁寧に拒絶されたらしく、フラれた奴はガックリと肩を落としていた。

 掃き溜めに鶴という言葉があるが、鶴が掃き溜めに居るからといって、話し掛けて良いということにはならないのかもしれない。



 


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