第21話 料理部としての評価は?
「まあ、あんくらいは言って問題はなかったよな……」
放課後の教室。
一人きりでいる
「でも、あんな奴の事はもういいし……正解だったんだよな」
達紀はボソッと呟いた。
夕暮れ時、教室の窓から外の景色を一瞬見る。
校舎から校門の方へと駆け足で向かって行く、
達紀は、茜の事については深く考えないようにして、今やるべき事に専念するようにしたのだ。
通学用のリュックの中身を確認すると、二人分の洗濯済みのユニホームがあった。
今日の朝に彼女から渡されて、それっきり放置していたのだ。
朝から忙しく、サッカー部のマネージャーのところまで行けなかった。
今ならグランドにいると思い、達紀はそのリュックのチャックを閉め、それを背中に背負う。それから教室を後にするのだった。
「すいません。こちらお返しします」
グランドに向かうと、サッカーの練習をしている人らを見かける。
サッカー部らの掛け声が聞こえたり、ボールを蹴る音が響いていた。
達紀はグランドのベンチからやって来た女子マネージャーと出会い、ユニホームを渡す。
「え? あの二人は?」
「この前も言ったように、あの二人は辞めるとの事なので」
「そう。サカビジ繋がりで仲良くできると思ったんだけどね。しょうがないね」
女子マネージャーは軽く残念そうにため息をはいていた。
「すいません。土曜日は途中で抜けてしまって」
「まあ、いいわ。あの二人の体調は良くなったんでしょ」
「はい」
「それならいいわ。後ね、今日はマネージャー候補の子が何人か来てくれたから、その子の指導しないといけないから」
マネージャーは笑顔で言い、達紀から受け取ったユニホームを抱え、立ち去って行くのだった。
「唯花。今の内に切った野菜を入れておいて」
「うん。これね」
料理部の部室に戻ると、班ごとの料理は最終段階へと突入していた。
肉や野菜の匂いが、部室前の廊下にいても漂ってきている。
達紀は部室に入ると、
「お兄ちゃん、戻って来たんだね」
「ああ。ユニホームは返してきたから」
「ありがとうございます、達紀先輩」
「ちょっと、唯花。ちゃんと鍋の方を見ないと」
「そ、そうだね。今は集中しないとね」
唯花は、一夏からの問いかけに焦りながらも再び鍋の方へ視線を向かわせるのだ。
達紀はその間に椅子の上にあったエプロンを着て、バンダナを頭につけていた。
念のために手洗いをしたのち、準備万端な状態になってから、二人がいるテーブルへと近づいて行く。
「今はどんな感じ?」
達紀は唯花乃隣まで向かい、話しかけた。
「丁度いい感じだと思います」
唯花はヘラで鍋の中身をかき混ぜている。鍋の中には、肉や野菜の他に水も入っていた。
まだシチューのルーは入れていないらしい。
「一夏、そろそろルーを入れた方がいいかな?」
「まだだよ、野菜が柔らかくなってからお願いね。それと近くにルーがあるから」
一夏は使ったまな板や包丁などを洗いながら言っていた。
「それぞれの班もちゃんと出来てる感じですね。いい調子ですね」
料理部の女子部長が室内にいる班の様子を見て回っていた。
「一夏さんのところは、どんな感じかしら?」
「はい。今はルーを入れ始めたところで、味を調えてる最中なんです」
「そう。順調なようね」
部長は、唯花の隣に立ち、その鍋の中身を覗き込んでいた。
「ちゃんとシチューの良い匂いがするわね」
「はい。一生懸命にやりましたので。部長も後で味見をしてみますか?」
「ええ。出来上がってからね。楽しみにしてるわ」
部長は嬉しそうに唯花に返答し、他の班のテーブルへと向かって行く。
「一夏、これくらいでいいかな?」
「いいと思うわ」
すべての洗い物を終えた一夏が、唯花のところまで近づいてくる。
一夏は鍋を覗き込むように、その中身を見やる。
肉や野菜が程よく混ざり合っていて、シチューのルーの味もしみ込んでおり、匂いだけで、その美味しさを堪能できるほどだった。
「私、味見をしてみてもいい?」
「いいよ。味見も料理として大切な事だからね」
唯花の問いかけに、隣にいる一夏が頷く。
唯花はスプーンを持ち、鍋の中にあるシチューの液体を掬い上げ、それを口にする。
「ん……んー?」
唯花は首を傾げていた。
「何かあったの?」
一夏も味見をしてみる。
「んー……これ、ちょっとしょっぱくない?」
「私、塩を多く入れすぎたかも」
一夏が険しい顔をしていると、唯花がごめんねといった顔を見せていた。
「えー、それはよくないよ」
がしかし、やってしまった以上、後戻りはできないのだ。
「じゃあ、水を入れれば何とかなるかも。ちょっと、そこにある水を取ってくれる?」
「はい」
「これくらいでいいかな?」
一夏は味見をしながらペットボトルに入った水を足し、味を調整していた。
「んー……まあ、さっきよりかはよくなったかも」
「ごめん、余計な事をして」
「でも、これから頑張って行こ、唯花」
「う、うん。さっきから迷惑ばかり掛けてごめんね」
「いいよ。失敗は誰にでもあるし。でも、唯花はそこまで下手でもないし。少しずつ改善していこうね」
一夏の優しい言葉を受け、少々悲し気な顔を浮かべていた唯花の表情に、笑顔が戻った瞬間であった。
「一通り見た感じ、シチューが出来上がったみたいなので、皆で食事をしましょう。お皿はあちらの棚にありますから、自分が食べやすい大きさの皿を選ぶように」
部室の黒板サイドに立つ女子部長が、辺りを見渡しながら皆に指示を出していた。
一夏に続き、唯花も皿を持ち、銀色のレードルで皿にシチューを分けていく。
達紀は殆ど何もしていないが、一応周りに合わせてシチューを食べてみる事にしたのだ。
「これ、お兄ちゃんの分ね」
「ありがと。一夏が作ったシチューを食べるのなんて、久しぶりだな」
「一応、私も作ってますからね、達紀先輩」
「ごめん。そうだよね。唯花のシチューでもあるんだよな。では、いただきます」
すべての班で準備が整ったらしく、皆と同様に椅子に座り、達紀らは実食する。
皆、シチューを食べている最中。
達紀は近くの席に座っている唯花から、まじまじと見つめられていたのだ。
「そんなに見られると、食べづらいんだけど」
「ごめんなさい。でも、気になってしまって」
唯花は申し訳なさそうに言う。
「私のシチューはどうですか?」
「私のって、二人のね」
唯花の発言に横やりを入れるように、一夏が言う。
達紀は、そんな二人から評価を問われていたのだ。
「普通に良い出来だと思うよ。味も調整されてるし」
「本当ですか、良かったです」
「まあ、お兄ちゃんの口に合って良かったよ」
二人も達紀からの感想を聞くなり、シチューをスプーンで掬い、食べる。
「では、あなた達のシチューも食べてみましょうかね。味見してもいいかしら」
女子部長が、唯花らのテーブルまでやってくる。彼女は、レードルで自身の皿によそっていた。
「……」
女子部長はスープンでシチューを口に運び、難しい顔を浮かべて考え込んでいる。
「まあ……最初にしてはいいかもね。五点中、三点かもね。でも、二人でちゃんと協力していたところを踏まえると、一点上げて四点ってところかしらね」
「「ありがとうございます」」
明るい二人の声が同時に聞こえる。
二人は食事をする手を止めて、部長にお礼を伝えていたのだ。
達紀も彼女らの笑顔が見れて嬉しかった。
この頃、苦しい出来事ばかりだったからだ。
「そうだ、お兄ちゃんはどうするの?」
「何が?」
「部活だよ。全然入ってないでしょ。だから、料理部に入ろ」
「んー……いや……考えておくよ。すぐに決めても、去年のようになるかもしれないし……」
達紀は去年の事を考え、シチューを食べながら返答したのだった。
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