第19話 日曜は、芹那と二人きり
「達紀くんには、今のうちに話しておきたい事があったの」
芹那と対面する形で席に座っている達紀は、緊張した面持ちで彼女の表情を見つめていた。
日曜日のお昼を過ぎた頃合い。
サッカースタジアムに行った日の次の日である。
二人は、達紀の近所にある喫茶店に訪れていた。
お店には落ち着いた雰囲気が漂っており、店内にはクラシック系のBGMが流れていたのだ。
「あのね、以前の話なんだけど。武尊から急にフラれて落ち込んでいる女の子がいるって言ったでしょ」
「はい。その話をするという事は、それに進展があったんですかね?」
「そうよ。昨日の夜に友人の仲介の元、その子と直接話せる機会があってね。その子は今では精神的に良くなっていたわ。それで、あの子曰くね、
「それは、そうですよね。強引な形で関係を終わらせたら、そうなりますよね」
達紀も
それについては共感できるところがあった。
茜との出来事から大分時間が経ち、少しずつ前向いて行動できるようにはなっていたのだ。
「それと、その子から新しい情報を貰ったの。武尊が来週に企業イベントに参加するみたいなのよね」
「企業イベントとは?」
「スポーツ関係のイベントらしいわ。武尊は、今のところ普通に会社に就職していて。のちに起業するみたいだから。そのコネ作りの一環として参加するらしいの」
「確かに、起業するっていう話は、俺も聞いてましたね」
「そうなの? どこで聞いたのかしら?」
芹那は首を傾げていた。
「元カノですね。今は武尊と付き合ってますけど」
「災難ね。そういう経緯で、その事を知るなんて」
「でも、俺、元カノの事なんてどうでもいいので……気にしてないですから」
達紀は一旦気分をリセットするかのように、喫茶店で注文したココアを一口飲むのだった。
「達紀くんは来る? 来週のイベントだけど」
目の前にいる芹那は、達紀の目をしっかりと見て話しかけてくる。
「はい、一応行きます。でも、そこに芹那さんは行ってもいいんですか? 色々と危ない気もしますけど」
「そうね。でも、私が行かない事には始まらないでしょ。それに、その場所についても私の方が詳しいと思うし」
「確かにそうですけど」
達紀は不安だった。
芹那からは使命感のようなものを感じるが、やはり、彼女の身に何かが起こりそうで安心はできない。
前回の件もあるからだ。
「芹那さんは以前から、あの人から目をつけられてますし。また会ったら何をされるかわからないですよ」
「そうかもね。でも、私の弟だから、私自身にもその責任を全うする義務があるわ。あの人を野放しにしていた、私にも過失があるから」
「でも、それは芹那さんが悩む事ではないと思いますけど……」
芹那は頑張り過ぎいていると思う。
普段の大学に加え、バイトも頑張っているのだ。
いくら身内の事だとは言え、すべての責任を彼女には追わせたくはなかった。
達紀は無言になり、少々難しい顔を浮かべ、どうすべきかひたすら悩み始めていたのだ。
そんな中――
「だったら私、変装してでも行くわ。それなら問題ないでしょ。達紀くんも一緒に来るなら、変装すればいいと思うの」
芹那はハッと思いついた感じの表情を見せて、言葉を切り出す。
確かに、その提案は良いと思う。
「俺も変装を?」
「ええ。変装するなら、あの人にもバレないと思うし。私的にも、良いアイデアだと思うんだけど。達紀くんはどうする?」
芹那はウインクし、達紀からの返答を待っている。
「そうですね……わかりました、芹那さんが良くなら、俺も変装しますね」
「では、そういう事で決まりね」
話は、それから飛躍的に進んで行く。
今度の休日が一番の勝負時だと思う。
その時に、武尊の情報を引き出す事が出来れば、現状に大きな変化を与えられるはずだ。
芹那はテーブル上にあるケーキをフォークで食べていた。
先ほど注文した品が、話のきりの良いタイミングで女性店員によって運ばれてきたのだ。
「このケーキ美味しいわね」
辛い話の後に食べるケーキは格別に美味しいらしい。
それほどに、先ほどまで見せていた緊迫したオーラが、彼女の表情から抜け落ちていたのだ。
「俺も頼もうかな」
「その方がいいと思うわ。ここの喫茶店って昔から隠れた名店って呼ばれてるからね」
「そうなんですか?」
「達紀くんは知らなかったの?」
「はい。家から意外と近いのに全然知らなくて。今日初めて知ったくらいですね」
「達紀くんが知らないくらいだから、やっぱり隠れた名店って言われるわけよね」
「そうですね」
達紀はテーブルの端にあったメニュー表を手に、ケーキの写真を見ながら注文したい品を選ぶ。
芹那が今食べているのは、チョコラケーキである。
今日は同じケーキでも食べてみようと思い、達紀は近くにいた先ほどの店員に話しかけたのだ。
注文を終えると、店員は店の奥へと立ち去って行った。
「俺……昨日から言おうと思っていたことがあるんですけど」
「どんな話かしら?」
芹那はココアを飲んだ後、達紀の話を聞く姿勢を見せた。
「昨日、一応部活ではあったんですけど。その部活を通じて武尊と出会ってしまって。しかも、
昨日、サッカースタジアムであった出来事を詳細に話す。
「……そんなことが? でも、私、唯花からは何も聞いてないんだけど」
「多分ですけど、あまり心配をかけたくなかったからだと思いますね」
「そうなのね……」
芹那は渋い顔を見せ、手にしていたフォークをケーキの皿に置いていた。
「それを聞いてしまうと、ますます今度のイベントには参加しないといけないわね」
芹那は再び真剣な顔をする。
「ちなみになんですけど。変装するって言ってましたけど。俺はどんな格好をすればいいんですかね?」
「それは後で決めておくわ。私もどんな変装衣装にするかは全然決めてないの。決まったら、達紀くんに連絡するわね」
「はい、よろしくお願いします」
「でも、本当にアイツは……唯花にまでも」
芹那は自身の妹に危害を加えようとしていた、武尊の事を恨んでいる。
そんなオーラを今、達紀は無言の彼女から感じ取れていたのだ。
「お客様、お話の途中に失礼いたします。こちらショコラケーキになります。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「は、はい」
達紀は首を縦に動かしながら返答した。
女性店員が立ち去って行くと、達紀もケーキを一口食べ始める。
「芹那さんも今は落ち着いて。一緒にケーキを食べましょう」
「そ、そうね」
芹那は一度深呼吸をして、温厚な性格を取り戻す。
それから二人で一緒にケーキを食べたり、ココアを飲んだりして、その日曜日という休日を楽しむのだった。
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