第18話 妹と唯花の、これからのこと――
サッカースタジアムから離れた場所にある公園。
お昼過ぎの土曜日という事もあってか、公園には小学生らの姿が多い。
砂場で遊んだり、追いかけっこしたり、遊具で遊んでいる子もいたのだ。
三人はというと、右から達紀、一夏、唯花の順で公園のベンチに座り、先ほど購入した焼きそばを食べていた。
職人気質の男性が作っただけあって、完成度が高い。
程よく肉と野菜が絡み合った、ソース味のそば。
香ばしいそばの匂いに、先ほどまで感じていた辛さや緊張感もすべて吹き飛んでいくかのようだった。
一夏も唯花も、胸をホッと撫で下ろすように、割り箸を使って食べている。
今が一番幸せな時間かもしれない。
最大の難関を乗り越えられたからこそ感じられる瞬間なのだろう。
「美味しいね、この焼きそば」
「そうだよね、屋台の焼きそばって一味違うんだよね。人の温かさがあるというか」
二人は美味しそうに食べている。
「本当にごめんね、唯花」
「え?」
「私がサッカー部のマネージャーになろうって誘ったせいで」
「もういいよ。私は気にしないよ」
「そう言ってくれると、私も助かるわ」
「そうだ。この際、私と同じく料理部に入部しよ」
唯花の方から提案してくるのだ。
「料理部?」
「そうだよ。料理部なら、なんでも作れるし、出来上がったお菓子も食べられるし。それに私、料理が下手だから。そこを改善したいって思ってるんだよね。一夏も良ければ、一緒にやろ」
「う、うん。わかった。一緒にやろうね」
一夏は元気よく頷いていた。
「来週の月曜日までが見学期間で、火曜日が入部届の日だから。来週の月曜日、もう一回行こ、料理部の見学に!」
「そうだね。先輩たちも良い人達ばかりだったし」
「じゃ、約束だよ、一夏」
達紀が焼きそばを食べている間に、二人の間で大きな進展があり、来週からのやり取りが交わされていたのだ。
「でも、このユニホームは返さないと」
「そうだね。でも、またあの部活に行くのは」
唯花はあまり関わりたくないらしい。
今、二人は先輩の女子マネージャーから貸してもらったユニホームを身につけているのだ。
「じゃあ、俺が返しておくよ」
「いいの? お兄ちゃん」
「別にいいよ。ただ返すだけだろ」
「うん」
妹は申し訳なさそうに頷いていた。
「先輩たちと関わったら、また勧誘されるかもしれないし。ここは俺が引き受けるよ。月曜日までに洗ってくれれば、俺の方でなんとかするから」
「じゃあ、お兄ちゃんにお願いしようかな」
「では、お願いしますね、達紀先輩」
二人には、もう辛い経験をしてほしくないのだ。
現状、適任なのは達紀だけであり、このくらいしかやってあげられないからこそ、自信を持って引き受けるのだった。
三人は焼きそばを食べ終えた。
その後はいつまでも長居は出来ないのだ。
達紀はスマホを片手に、現在地の公園から、自宅までの距離や移動手段について調べ始めていた。
「んー、ここからだと、バスが一番いいかな。電車だと無駄に時間がかかってしまうし。徒歩ってなると……ん、二時間もかかるのか⁉ 二人もさすがに二時間もあるけないよね」
「そんなに? 今から二時間は厳しいよ、お兄ちゃん」
「でも、そうだよね。私たちの家から三〇分以上もかけて移動していたわけだし」
「確かに、そうだったね。じゃあ、二人ともバスにしよっか」
達紀はスマホを見ながら、結論を出す。
「お兄ちゃんはお金持ってる?」
「それなりには。多分問題はないはずだけど」
達紀は少し不安になり始め、財布を確認してみる。
先ほど焼きそばを購入した事で少々怪しかったものの、帰宅するためのバス代はあった。
「達紀先輩。そのバス停はどこにあるんですか?」
「えっとだな。この公園を出て、一〇分ほど歩いた先にあるってさ」
「でしたら、早く行きませんか。あの人がやって来ても……」
唯花はスタジアムの方を見て言っていた。
「そうだな。そろそろ行こうか」
三人は小学生らが遊んでいる公園を後にするのだった。
バス停に到着し、少し待っているとバスがやってくる。
バスに乗り込んだ三人は、横に並んで座るために後ろの方へと向かう。
座った直後、バスの扉が閉まり、走り出すのだ。
唯花は窓際の席に座り、外の景色を眺めていた。
その右隣に、一夏。そして、達紀と座っているのだ。
「お兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「さっきのスタジアムでの件だけど、あの人って特に何もしてこないよね」
「んー、わからないけど。多分ね。一夏がサッカーの部活に所属してなければ問題はないとは思うけど」
達紀はさっきの事を振り返る。
どこかで出会ってしまえば、何かをされる可能性だってあり得るだろう。
サッカースタジアム内。達紀が、武尊の話をこっそりと聞いていた時には、唯花の件しか聞こえてこなかった。
その他には、電話相手との重要な取引だけである。
詳しいことはわからないが、一夏の身に危険が及ぶ可能性だってあり得るのだ。
今後は気を付けて生活した方がいいだろう。
少々不安げな表情を浮かべる一夏に、達紀は大丈夫だからと一言告げ、頭を撫でてあげた。
妹はその言葉と対応に、頬を少し赤らめ、安心した顔を浮かべるようになったのだ。
達紀らはバスで三〇分ほど過ごし、地元の街に到着した。
バスを降り、達紀が二人と一緒に歩いていると、私服姿の芹那の姿が見えた。
「達紀くん! それと、あれ? 唯花も? どこかに行って来たの」
「はい。まあ、簡単に言うと……部活の一環的な感じですかね」
達紀は、不安を抱かせないために、芹那には何も言わなかった。
言うにしても今ではないと思ったからだ。
「そうなんだ、唯花は部活決まったの?」
「一応ね、料理部に入る事にしたの。一夏と一緒にね。そうだよね」
「うん」
一夏は頷いていた。
「そちらの子が、達紀の妹さんかな?」
芹那の視線は、一夏へと向けられていたのだ。
「はい、蓮見一夏です。いつもバイト先で、お兄ちゃんがお世話になってると言っていました」
「知ってるんだね。しっかりした子ね。唯花をよろしくね。この子、全然料理が出来ないと思うから。しっかりと見てやってね」
「そうなんですか。わかりました」
一夏は笑顔で受け答えしていた。
「そういえば、芹那さんはバイトの帰りなんですかね?」
「そうよ。やっと終わったの。朝のバイトも大変だけど、何とかやってるわ。今日は朝から忙しくてちょっと疲れたから。また今度ね、達紀くん」
「はい。また後で」
達紀は返答した。
疲れているなら、なおさら長話はよくないと思い、達紀は切り上げる事にした。
蓮見家と津城家は、街中の交差点のところで別れ、各々の家へと帰路に付くのだった。
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