第17話 あの作戦しかないと思う…

 蓮見達紀はすみ/たつきはスタジアムの通路を走っていた。

 観客席エリアに到着した頃には、二回目の試合が始まっていたのである。


 達紀は息を切らし、一夏いちかたちがいるところを見やった。

 一夏も、唯花も学校のサッカー部らの方々と一緒に座っていたのだ。


 達紀はホッとし、一安心する。


 フィールドの方を見れば選手らが走り、ボールの取り合いを行っていた。


 観客席からの声援もあり、試合は順調に進んでいるらしい。


 達紀はハッとし、唯花の近くに向かう。


「達紀先輩、ようやく戻って来たんですね。試合が始まってますよ」

「ああ……」

「どうかしましたか?」

「いや、今から話があって、一夏も一緒に来てくれないか?」


 津城唯花つしろ/ゆいかの隣に座っている、妹の一夏にも声をかけ、別の場所へと移動させようとした。


「今からどちらに行かれるんですか?」


 席に座っている先輩の女子マネージャーが、達紀らの方を見ていた。


「少し諸事情で……一瞬だけでもいいので、二人を連れて行ってもいいですかね?」

「んー、いいんだけど。まあ、わかったわ。でも、早めに戻って来てね」


 女子マネージャーからの許可が下り、達紀は二人を観客席の外へと連れ出すのだった。




「お兄ちゃん、そんなに焦ってどうしたの?」


 妹の一夏は急に呼び出されたことで状況をわかっていないようだ。


「急ぎの話だったからな。どうしても早く伝えたいと思って」

「そんなに重要なことなの?」

「そ、そうなんだ、津城武尊の事についてなんだけど」


 達紀は唯花の方を向いて話し始めた。


「あの人がさ、唯花を自分のために利用しようとしてるってことなんだけど」

「そ、そうなんだ……でも、あの人はいつもそうだったから、疑いようもないんだけどね。昔から嫌な事は私に押し付けてくるし」


 話の内容を知った唯花は、過去の出来事を振り返るように表情を暗くしていた。


「だから、早く切り上げて帰らないか? 今なら試合中だし、あの人も俺らの後はつけてこないだろうし」

「そうだね。その方がいいかも……私もあの人とは接触したくないし、一夏も帰ろ。それと、一夏の事を批判するわけじゃないけど、サッカー部のマネージャーは辞めた方がいいよ」

「……そうだね、うん。唯花にも迷惑かけられないし、私……辞めるね」


 一夏は、サッカー部のマネージャーに興味があったらしいが、唯花と達紀を交互に見て、諦めがちな言葉を零す。


「俺。今からマネージャーに言ってくるよ。二人は家庭の事情で無理そうになったって。午後も参加しないって事と、サッカー部には入らないって話も」

「うん、ありがと、お兄ちゃん」


 一夏は小さく頷いていたのだ。


 達紀は、二人には通路の壁にいるように伝え、観客席にいる先輩マネージャーの元へ向かうのだった。




「言ってきたよ」


 三分後、達紀は二人の元へ戻ってくる。


「どうだったの?」


 一夏が心配そうな顔で話しかけてきた。


「問題ないってさ。だから、今からサッカー部とは関係ないってことだよ。まあ、試合が終わるまでまだ時間あるし、会場の外の屋台で何か買ってから帰るか」

「はい! じゃあ、私、焼きそばを食べたいです」


 唯花が少し笑顔になって言う。

 苦しい現状から解放されたと思った瞬間から、彼女の顔からは元気の良さを感じられたのだ。


 三人はスタジアムを後に、外に出店している屋台へと向かうのだった。


 今日は選手同士の大会という事もあって、焼きそばの他に、チョコバナナやたこ焼き。棒に刺さった唐揚げや焼き鳥などがあった。


 三人は、数多くの出店している屋台近くの道を歩く。


「唯花は焼きそばでいい?」

「うん」

「一夏は?」

「私は……焼きそばでいいかな」

「じゃ、俺も焼きそばで」


 焼きそばが売っている屋台へ近づくと、そこからソースの濃い香りが漂ってくる。

 匂いだけでも食欲を満たしてくれるかのようだ。


「すいません、焼きそば三人分いいですか?」

「はい! 三人分ね。他のお客さんもいるから、少し時間はかかるけど、大丈夫かい?」


 現在進行形で、鉄板上で焼きそばを作っている、頭に鉢巻をつけている職人風の男性が大きな声で話してくれる。


「ちなみに、どれくらいですかね?」

「十五分くらいだけど」

「んー、二人はどうする?」

「私はそれでもいいよ。一夏もそれでいい?」

「うん」


 二人は迷わずに承諾してくれた。


 多分、問題はないはずである。

 多少時間がかかったとしても、サッカーの試合が終わるのは三〇分後なのだ。


「お代は出来上がってからでいいから。近くで待ってくれればいいよ」


 職人風の男性は笑顔で、別のお客の接客も始めていたのだ。


「そういや、二人は喉が渇いてないか?」

「そうかも。朝から全然何も飲んでないし」

「私も飲みたいかも」


 二人も同じ考えであり、達紀はスタジアム近くの自販機へ向かう。


「色々あるね。一夏は何がいい?」

「えっとね、私は」


 二人は隣同士で自販機前に立ち、ジュースを選び始めていたのだ。


 達紀は二人を背後から見守るように眺めていた。

 それから、先ほどの焼きそばの屋台をチラッと見やる。


 その時だった――


「唯花じゃないか」


 スタジアムの方からやって来たのは、サッカーのユニホームを着た津城武尊つしろ/たけるだった。


「え、な、なんで? ここに、お兄さんが……」


 達紀が視線を離した隙に、唯花は面倒事に巻き込まれていたのである。


 唯花は自販機の前で目を点にし、怯えているようだった。


「一回目の試合で、観戦席に唯花みたいな人がいると思ってね」

「目がいいんですね」

「たまたまだよ。それで、唯花。丁度いい話があるんだ」


 武尊は勝手に話を進めていたのだ。


「唯花って、今はバイトもしてないよな」

「え、そ、そうだけど」

「だったら、丁度良かったよ。唯花にとっておきの仕事があってさ。すぐにお金を稼げると思うよ」

「な、なんでお兄さんが、そんなこと」

「別にいいだろ」

「だって、お兄さん。私に今まで嫌な事しかしてこなかったのに、急に優しくなるなんて怪しいし」

「それは昔の話だろ。もう昔とは違うんだ。俺の事を信じてくれ。ん? そちらの子は?」


 武尊の視線は一夏へと向けられていたのだ。


 このままではマズいと達紀は判断し、割り込むように話しかけていく。


「変な勧誘はしないでほしいんですが」

「え? お前いたのかよ」


 達紀は、武尊から横目で睨まれる。


「はい、二人の保護者的な感じで」

「ふッ、そうか。またこんなところで会うなんてな。以前は俺の邪魔をしてくれたな」

「それはそっちが変な事をしていたからで。芹那さんも困ってましたよ」

「ん? そういや、芹那はいないのか?」

「そうですけど」

「そっか。まあ、いいや、今は唯花がいればそれでいいからな」

「でも、唯花も嫌がってるので」


 達紀は唯花の前に立ち、武尊からの誘いを強引に断らせる事にした。


「まったく、何なんだよ。この前もそうだし」


 武尊が怒鳴っていると、スタジアムの方から女性やってくる。

 武尊と付き合っている女性であり、今日はサッカーの応援という事もあって、武尊が所属しているチームのユニホームを着用していたのだ。


「って、また、あんたなの。この前もいなかった?」

「い、いましたけど」

「そうよね。武尊の邪魔をしないで頂戴」

「俺は邪魔しているわけでは……」


 さっきよりも戦況が不利になりつつあった。

 だからこそ、あの手段を使うしかないと思ったのだ。


「すいませんが、そちらの人が浮気している話は知ってますか?」

「え? 浮気?」


 武尊と付き合っている女性が、どういう事かと首を傾げていた。


「それはなんでもない」


 武尊が、達紀の顔を睨むように否定的に言う。


「でも、いい女を選んで、それ以外の女性は捨てるとかっていたような」

「は? お、お前、なんでそれを!」


 武尊が声を荒らげた。


「武尊? それ、どういうこと?」

「いや、なんでもないんだ。あいつが出鱈目なことを言ってるだけなんだ」

「でも、少しその話については詳しく聞きたいんだけど。武尊さ、私としか付き合っていないって言ってたわよね!」

「君としか付き合ってない。それは本当なんだ」


 武尊は慌てて弁明を始めていたが、その女性から敵意の眼差しを向けられていたのだ。


 達紀らは逃げるようにその場から立ち去る。


 三人が屋台に戻った頃には焼きそばが出来上がっていたのだ。達紀は財布からお金を取り出して会計を済ませると、急いでスタジアムを後にするのだった。

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