第16話 武尊の新しい野望とは

 サッカースタジアムの観客席エリアに入ると、そこに広がっていたのは、快晴な青空の景色と、大勢の観客の姿であった。


 蓮見達紀はすみ/たつきがいる席の反対側にも大勢の人がいる。

 遠くてどんな人がいるかはわからないが、チームの旗を掲げている人が見えた。

 まじまじと見やると、選手と同じユニホームを着用していたのだ。


 達紀はサッカーをやったことはないが、周りにいる観客らの迫力に圧倒されつつあった。


「お兄ちゃん、こっちだよ」

「あ、ああ。今からそっちに行くから」


 達紀は、ユニホーム姿の一夏いちかから声をかけられ、その場所まで向かう。


 一夏や唯花がいる場所には、自分らが通うサッカー部のメンバーらがいたのだ。

 その近くには女子マネージャーの姿もあった。


「今日はお兄ちゃんも一緒なんですがいいですか?」

「いいよ。今日は部員らでプロの試合を見て学ぶ日なの。ゆっくりしてってね」


 多分、その女子マネージャーは達紀より年上の三年生だと思う。

 マネージャーも他の部員同様に、いつものユニホーム姿に着替えている。明るく爽やかな表情が特徴的だった。

 親切な方で、見た目的には陽キャっぽい感じなのだが、話し方にはギャルっぽさがなく、案外普通である。


「一夏さん、唯花さん。あなた達も今は一緒に観戦しましょ。午後の練習試合なんだけど、その時は、他のメンバーのお水を用意したり、タオルを渡したりね。練習の邪魔にならないようにサポートするから」

「はい、分かりました」

「はい」


 一夏も唯花も、ハキハキとした返事を返す。

 それから、先輩マネージャーの右隣に、一夏、津城唯花つしろ/ゆいかという順に座る。

 達紀は、ユニホーム姿の唯花の隣に座るのだった。


 達紀の前の席にはサッカー部らがいて、今から試合をするサッカーチームに関する話題で持ち切りだった。


『では、今から選手の入場になります』


 会場の至るところに設置されたスピーカーを通して、男性MCの声が響き渡る。

 対戦する二チームの選手らが、スタジアム内の選手専用の出入り口から整備されたフィールドへと姿を現す。


 出揃った直後、MCからのちょっとした解説が入る。

 スタジアムに設置された巨大スクリーンには、選手らの顔が順々に表示されていく。

 最終的に津城武尊つしろ/たけるの姿も映し出され、巷では人気選手だという事もあって周りからは歓声があがる。


 サッカー選手らはそれぞれのフィールドへ散りばめられるように広がり、試合が始まったのだ。




「今の試合凄かったよな! 津城選手が最後の最後でシュートを決めて勝つとかさ」

「ああ、激熱展開だったよな」

「そういや、唯花さんだっけ? 君も津城って苗字だけど、もしかして親戚?」


 前の席で観戦していたサッカー部員の数人が、唯花の方を振り向いて話しかけてくる。


「え、そ、それは」

「ち、違うんだよね。たまたまだと思いますよ、先輩方」


 唯花が反応に困ってると、一夏が割り込むように話し始める。

 一夏は、唯花に対してウインクし、気にしないでいったアクションを取っていたのだ。


「そっか、それは残念だな。もし親戚だったりしたらさ、サイン欲しかったもんな」

「そうそう。あんなに上手い選手なかなかいないよな」


 サッカー部員の数人は席に座り直し、残念だな的な話をしていた。

 彼らは全然知らないのだ。

 津城武尊が、どんな人か。


 どんなにクソみたいな選手だとしても、大半の人は表面的なところしか知り得ないのである。


 達紀は嫌な気持ちになり、吐きそうになっていた。


 サッカー部員の彼らからすれば、優秀な選手かもしれない。

 けれども、唯花からすれば、最悪な兄なのだ。

 その上、浮気もしてるし、三股も普通にしている。

 人としては終わっているのだ。


 やっぱ、すぐには無理か……。


 達紀は胸元を右手で抑え込むように席に座り直す。

 気分が悪かったからだ。


 世間的に優秀だと思われている人を陥れるとかは普通に考えて難しい。

 一応、武尊の動向を探るために、今日スタジアムまでやって来たのだが、胸糞悪かった。

 学生にとって大事な休日を返してほしいと内心思っていたが、勝手についてきたのは達紀本人であり、誰かのせいにもできない。

 そんなモヤモヤとした感情を胸に抱いたまま、頭を抱えていたのだ。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 一夏が心配そうな顔を向けてくるのだ。


「いや、なんでもない。というか、今、一回目の試合が終わって休憩時間だろ。俺、ちょっと席を外すよ。二人は変なところに行かないようにな」

「う、うん。でも、顔色悪いよ」

「達紀先輩、一緒に同行しましょうか?」

「いいよ。一人で行ってくる。むしろ、一人になりたいんだ」

「では、少し休んできてくださいね、先輩」


 達紀は、一夏と唯花から見送られ、二人をサッカー部らのところに残して立ち去るのだった。




 はあ、何なんだよ……。


 達紀は怠そうな顔つきでスタジアム内の通路を歩いていた。


 スタジアムの中には飲み物や食べ物の自販機が設置されてあったのだ。


 会場の外には屋台やキッチンカーがあるものの、そこまで遠出したくなかった達紀は、自販機で休憩を済ませる事にした。


 達紀が購入したのは、栄養食品の長方形のクッキーと、スポーツ飲料である。


 達紀はそのスポーツ飲料を飲む。

 すると、次第に気分が落ち着いてくるのだ。


 水分補給をした事で、大分、気持ちが楽になったと思う。

 吐きそうになっていた感情も抑制されつつあったのだ。


 購入した直後、通路を歩いていると、近くの方で微かに声が聞こえた。


 達紀はスタジアムの通路を移動し、声する方へと進んで行く。


「⁉」


 達紀は曲がり角のところで、大きな声を出してしまいそうな瞬間。モノを持っていない方の手で口元を抑えた。


 達紀はスタジアムの壁に背をつける。

 そこからこっそりと、その先を覗き込むのだ。


「わかってますよ。今回の試合で結果を残せば、お金を出してくれるんですよね。その上で、日本代表にも」


 その場で会話しているのは、ユニホーム姿の津城武尊本人だった。

 今は試合の休憩時間であり、彼は耳元にはスマホを当て、誰かと会話しているのだ。


「今回、一回目の試合で俺が得点を決めたんですよ……え? 妹ですか。まあ、いますけど」


 妹……唯花の事だろうか。


「え、妹を紹介しろってことですか? まあ、いいですけど」


 え……唯花にも?


 芹那せりな同様に、妹の方にも危害が及んでしまうのは避けたい。


「わかりました……え、あの件ですか? 三股してるとかですか。それに関しては、いい女だけ選んで、他は捨てる作業を行ってるんで。はい、問題ないですから。では、後で楽しみにしておいてくださいね。それと、さっきの件もお願いしますよ。期待してるんで」


 武尊は電話を切った。


 達紀はその瞬間にパッと姿を隠す。


 達紀は危機感を覚え、武尊と遭遇する前に、その場所から立ち去る事にした。


 さっきまで感じていた気分の悪さはすでになくなっていたのだ。

 もはや、そんなことを考えている余裕なんてないのである。


 達紀は後ろを振り返る事無く、スタジアム内の通路を思いっきり走り続けるのだった。

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