第15話 気分のいい休日の始まりが、絶望に変わる時

 眠いというか、疲れたぁ……。


 妹の一夏が就寝した頃合いに、蓮見達紀はすみ/たつきは自宅に到着する。

 夜という事も相まって、家の中は静かだった。


 達紀は玄関近くの階段を上り、電気がつけられていない自室へ足を踏み入れる。

 達紀は手にしていたリュックを床に置く。その瞬間からベッドへダイブするのだ。


 ベッドで仰向けになったまま、からだ全体からの力を放出するかのように、大きなため息をはいた。


 ……もう寝るか。


 達紀はスマホ画面を横目で見やる。


 でも、他にしたい事もあるんだけど……。


 がしかし、金曜日のバイトはハードすぎて、すでにクタクタだった。

 もう身体的にも難しいと感じ、達紀はスマホを手にしたまま瞼を閉じ始める。




「ん、ん……?」


 光が眩しい。

 昨日はカーテンも閉めずに就寝した事もあって、窓の外からの朝陽を一身に浴び、達紀は目を覚ます。

 ベッドの近くあったスマホ画面を確認してみると、時間は七時半。


「休日にしては、結構早く起きれたな」


 達紀は瞼を擦りながらベッドから立ち上がる。

 昨日は早く就寝した事で気分もすっきりだった。

 しかも、気分もいい。


 今日は土曜日であり、楽しくも平穏な生活を送りたいと思い、窓の外を見やる。


「朝食を食べたら何をしようかな。まあ、食べながら考えるか」


 達紀は窓の前で大きく背伸びをすると、自室を後に一階のリビングに向かうのだった。




「おはよう、お兄ちゃん!」

「おはよう、一夏。ん? もう朝食を食べてるのか?」


 リビングに入った達紀は、椅子に座っている妹の方を見て挨拶を交わす。


「そうだよ。今から外に行かないといけないからね」

「そうなのか。大変だな」


 達紀は、一夏いちかがいるダイニングテーブルまで向かう。


「外に行くって、どこに行くんだ?」

「ちょっとね。昨日、部活の先輩からマネージャーとして参加してほしいって言われて。唯花と一緒に行くの」

「参加?」


 達紀はダイニングテーブル近くの椅子に座る。


「今日はサッカースタジアムに行くことになってて。午前中はプロの試合を観戦して、午後は合同練習をするんだって。合同練習って言っても、私は見てるだけなんだけどね」


 午前中に観戦で、午後は合同練習。

 どこかで聞いた事のある内容だと達紀は思い、脳内を探るように振り返っていた。


 刹那、達紀はハッとし、目を見開く。


 昨日のバイトでの出来事が、鮮明に脳裏を駆け巡るのだ。


「え、ちょっと待って」


 達紀は急に席から立ち上がった。


「ど、どうしたの、お兄ちゃん!」

「いや、それは行かない方がいいかも。絶対に」

「どうして?」


 何も知らない妹は、ご飯茶碗を持ちながら首を傾げていた。


「どうしてもだ」

「んー、でも、部活の先輩とも約束しちゃったし。唯花も行く事になってるから、今更断れないよ」

「そ、そうか。でも、悪い事は言わない。行かない方がいいよ」

「何かあるの?」


 妹は席に座ったまま、その場に立ち上がっている達紀を上目遣いで見つめていた。


「そうだな。多分だけど、そのスタジアムに唯花の兄が選手として出場するんだ」

「え? そうなの? それ凄いじゃん。でも、なんで唯花は言わなかったんだろ」

「そりゃ、唯花は、その兄から嫌がらせを受けていて」

「え?」


 一夏は、慌てて話す達紀の姿を見て、驚いた顔になる。

 手に持っていたご飯茶碗をテーブルに置いていたのだ。


「でも、どうして、その事をお兄ちゃんが知ってるの?」

「以前。唯花の姉の芹那さんからさ、そういう話を聞いて」

「そうなの? 私、全然知らなかったんだけど」

「ごめん、俺も予め言っておけばよかったな。今になってこんな話をしても遅いよな」

「遅いっていうか。あと少ししたら部活の顧問の先生が迎えに来るの。スタジアムに行く道で迷っても責任取れないからって。その後で唯花の家にもよる事になってて」

「そ、そうか。そういう事になってるのに断るのも申し訳ないしな。だったら、俺も同行してもいいか? 俺、心配だからさ」

「そういう事なら。でも、私らってマネージャーとしてだから、プロの選手とは関わる機会はないと思うよ」

「だとしても、そこをお願いできないか」


 達紀は必死に頼み込んだ。


「んー、分かったよ。顧問の先生が着たら聞くね」

「ありがと。多分、問題ないと思うけど、俺、心配でさ」


 達紀は緊張した面持ちで席へと座り直す。

 昨日、ファミレスでバイトしている際、津城武尊つしろ/たけると、その付き合っている女性が会話していたのだ。

 その話を盗み聞きしていた事もあり、妹の事が心配で仕方がなかった。


 万が一という事もある。

 でも、逆に考えれば、津城武尊の動向を探る事も出来るのだ。


 もう変える事の出来ないスケジュールならば、それを利用した方がいいと達紀は判断し、同行する事にしたのである。

 達紀は席に座ったまま、モヤモヤと考え始めるのだった。




 達紀も朝食を終えた。

 朝の八時半過ぎに自宅までやって来たサッカー部の顧問の先生の車に乗り、目的となるスタジアムまで到着していた。


「君たちは、この会場の中に入っていていいから。多分、サッカー部員らもいるだろうし。先生は、車を駐車場に置いてくるよ」


 車から降りた三人はスタジアムの方を向いた。


「お兄ちゃん、そんなに気にしなくてもいいよ。大丈夫だって」

「でもな。やっぱりさ」


 達紀は不安であったが、妹の一夏はそこまで気にしていない様子だ。

 実際に関わったことがないからこそ、危機感が無いのだろう。


「ごめんね、一夏。私も予め言っておけばよかったね」

「いいよ。でも、大丈夫だと思うし。私らって基本的に遠くからサッカーしている人を見ているだけだし」

「そうかも。でも、一夏、これだけは約束して。プロの選手とは関わらないで。私は武尊が本当に参加しているかはわからないけど。関わると本当に面倒だから」

「……うん、わかったよ。極力避けるようにするよ」


 一夏は、津城唯花つしろ/ゆいかによる真剣な説得もあり、ゆっくりと頷いていた。

 もしものことがあれば大変なのだ。

 それを、唯花の表情を見て察し始めたらしい。


「……それと、私の方こそごめんね。唯花をサッカー部の見学に誘ってしまったばかりに」

「いいよ。もうなってしまった事だから。これからは何かあった時は、一緒に頑張ろ。今日だけ乗り越えれば大丈夫だと思うから!」

「うん!」


 一夏はハッキリと頷き、それから唯花と共にスタジアムへ向かって行く。

 達紀も、彼女らを追いかけるように歩き始めるのだった。

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