第14話 今日のバイトは地獄だ
新学期始まって初めての金曜日。
明日は土曜日なのだ。
週末という事もあって、放課後に近づくにつれ、教室内にいる人らのテンションも高まりつつあった。
だが、
残念な事にファミレスバイトがある。
店長曰く、今日から芹那とはシフトがズレてしまうらしい。
今、達紀は校舎の中庭でスマホを片手に持っていた。
数秒ほど前に電話を切り、そのスマホを制服のポケットにしまう。
その話を放課後のHRが終わった直後に店長から連絡があり、達紀は知ったのである。
シフトが急に変更されたことで、いつもより一時間ほど早くに出勤してほしいという内容も聞いた。
わかっていたとは言え、やはり、芹那と一緒に働けないのは辛い。
気分転換に始めたバイトではあるが、芹那が別の時間帯になっては、バイトに身が入らないものだ。
でも、すぐに辞めるわけにもいかず、あともう少しは働こうと思った。
達紀は店長との話を終えると教室に戻る。
その頃には、
多分、帰宅したのだろう。
週末の日まで、茜から色々と言われたら面倒なのだ。
達紀はホッと胸を撫で下ろしていた。
ある意味、店長からの電話があって助かったと思う。
達紀は通学用のリュックを背に、妹の一夏がいる場所へと向かう事にした。
「達紀先輩! こっちです!」
校舎を後に敷地内のグランドに向かうと、遠くの方から手を振っている
「唯花も一緒だったのか?」
「はい、一夏がどうしてもってことで。でも、一夏、私は料理部に入るんだからね。そこは譲らないよ」
「わかってる。でも、ありがとね。一緒に来てくれて」
唯花と
二人の姿をまじまじと見てみると、本校サッカー部の専用ユニホームを身につけていたのだ。
「これね、先輩マネージャーから貸してもらったの。似合ってるかな」
「私もどうですかね?」
一夏に続き、唯花もユニホーム姿を見せながら言ってくる。
どちらも似合っており、可愛らしい。
ユニホームは青と白色が混じった色合いである。
サッカー部らしい、爽やかな印象を感じられたのだ。
「二人とも似合ってるよ」
「ほんと?」
「じゃ、良かったかも」
達紀の誉め言葉に、一夏と唯花は嬉しそうに頬を紅潮させていた。
「二人とも早くこっちに来て。そろそろ部活を始めるから」
遠くの方から女性マネージャーらしき声が聞こえる。
「もう行かないと。お兄ちゃん、行ってくるから。また後でね!」
妹は元気よく言い、唯花は軽く頭を下げる程度で、一夏の後を追うように駆け足で立ち去って行く。
俺もそろそろ帰るか。
達紀はサッカー部らがいる方へ背を向けた。
今から逃れられないバイトがあるからだ。
気が重い。
足の歩幅が狭くなる。
今日行ったとしても、芹那とシフトがかぶる事はない。だから、気がのらないのだ。
達紀は学校を後に、通学路をトボトボと歩き始めた。
街中にあるファミレス。
達紀はそこに到着し、裏口からお店へ入り、たまたま店長と出会い、挨拶する。
「蓮見くん、今日も頼むよ」
「はい、分かりました」
「あ、そうだ、来週ね。ホールの子が辞めることになってね。新しい人が入るまでちょっと忙しくなるかも」
「え、そうなんですか」
「まあ、新しい子もすぐに入るだろうし。そんなに深く考えなくてもいいけど。いざという時は、キッチンの誰かをホール担当にするかも。一応、そういう事だから」
「は、はい……」
ホールか。
あまり好きじゃないんだよな……。
達紀は、長時間色々な人と会話するのが得意ではないのだ。
数人程度なら問題なくとも、大勢の人を同時に相手するとなると、テンパってしまう事がある。
店長とすれ違い、達紀はロッカールームで着替え始めた。
鏡を見て身だしなみを確認した後、達紀はキッチンへと向かい、他のメンバーらと共にオーダー通りの料理を作るのだった。
「蓮見くん、次のオーダーやってくれない? こっち忙しくて」
達紀がキッチンで別の作業をしていると、少し年上のキッチン担当の男性から頼まれた。
「は、はい」
達紀は丁度作業が終わった事もあり、オーダーとして印刷された注文シートを確認する。
そのシートには追加注文として、ケーキ系統のデザートのメニューが記載されてあったのだ。
達紀は以前、芹那から教えてもらった通りに冷蔵庫から食材を取り出し、テーブルに置かれた数枚の皿の上に盛り付けをする。
ケーキにイチゴを乗せたり、ケーキ横にホイップクリームをつけ、カラーシュガーやクッキーを添えて、それで完成だ。
「できました。八番テーブルにお願いします!」
達紀はデシャップにケーキの皿を置き、大声を出し、ホール担当の子に伝えていた。
デシャップとはホールの子とやり取りをする場所の事である。
「またオーダー入りました!」
バイトリーダーの声がキッチン内に響き、夜になるにつれてお客の数が段々と増えてきている。
先ほどからオーダーの音が鳴りやまないからだ。
金曜日の夜という事もあって、さらに忙しさが加速していく。
達紀は忙しなくキッチン内を移動するのだった。
「蓮見くん、サラダバーの補充に行ってくれる? 食材はもう用意されてるから、お願いね」
「は、はい」
キッチンでの作業中。達紀はバイトリーダーから頼まれ、頷いた。
他の人も忙しいのだ。
今はやるべき事と向き合わなければと思い、早速、サラダバーのエリアへと向かう。
サラダバーは、元々芹那が担当していた業務であり、野菜などの補充をしていると、芹那の事ばかり考えてしまうのだ。
「それでさ、今日も上手く行ったんだぜ」
「ほんと、凄いじゃん」
「明日も別のところで試合があるんだけど」
「え、見に行きたいんだけど」
達紀の作業が丁度終わった頃、聞いたことのある声が耳に入る。
達紀は嫌な予感を背筋に感じ、サラダバーの裏側にサッと隠れた。
その裏側からこっそりと見る。
そこいたのは
な、なんでこのファミレスに?
心臓がドキッとする。
丁度、作業が終わってよかったと今、達紀はヒヤヒヤしていたのだ。
「明日さ、他の高校のサッカー部の連中もくるってさ。午前中は俺らが試合をして、午後は、その高校らと合同練習するって感じ」
「そうなんだ。私はやれたりしないの?」
「それは無理かもな。一緒に練習できるのは高校生限定だし。一応、明日はプロとしての対戦だからさ。結構大きなスタジアムでやるんだよ。まあ、キッチンカーや屋台も来るだろうしな、感染したり、食事したりするだけでも結構楽しめると思うけどな」
「へえ、やっぱ、武尊って凄いね」
「そんなに凄くないさ。俺からしたら普通。それと、今日は仕事の方も上手く行って気分がいいんだ。明日の夜はいいところのレストランに招待してやるからさ。今日はファミレスで我慢してくれ」
武尊はサラダバー近くで、どや顔を見せながら、付き合っている女性の前でイキリまくっていたのだ。
「それならいいよ。でも、明日は絶対に、高級なレストランだよ」
「わかってるって」
二人はファミレスを低レベルだと思っているらしい。
確かに、社会人カップルが利用する場所ではないが、達紀からしたら不快だった。
でも、こんなところで感情的にはなってはいけないと思い、達紀は胸を撫で下ろし、キッチンへ戻る事にした。
今回は逆に芹那が出勤していなくてよかったと思う。
もし、芹那がいたら、店内で武尊らと接触していたかもしれないからだ。
けれども一つだけ、気にかかる。
高校のサッカー部とは、どこの高校が参加するのかと、達紀はモヤモヤと悩み込みながらキッチンで作業を再開するのだった。
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