第12話 芹那が暗い理由
「私、コーヒーだけでいいわ」
「ケーキはいらないんですか?」
二人はテーブルに広げられたメニュー表を見ながら話し合っていた。
「そんな気分じゃないから」
「でも……だったら、俺がケーキを購入しますので、少しでも食べませんか?」
「……それなら、食べるかも」
「すいません、注文いいですか」
本屋内の喫茶店スペースにいる達紀は店員を呼び、注文内容を口頭で伝える。
女性店員は内容を復唱した後、少々お待ちくださいと言い、立ち去って行ったのだ。
「芹那さん、あの後どうしたんですか。昨日の夜、タクシーで帰宅したと思いますけど」
「そうね」
「夜は、ちゃんと家には帰れたんだけど。今日の朝に、
「え? なんでですか? 連絡先は交換してたんですか?」
「いいえ、してないわ。多分、私の知り合いの誰かに聞いたんだと思うわ。あの人、交流関係は広いから。なんていうか、世渡り上手的なところがあるからね」
「そうなんですね。それで電話に出たんですか?」
達紀は、芹那の様子を伺うように恐る恐る問う。
「最初の一回目はね。寝起きに音が鳴って、アラームだと思ってスマホを触ったら、武尊との電話が繋がった感じなの」
「寝ぼけてたんですね」
災難すぎると思った。
「そうなの。朝から武尊の声を聞いて気分が冴えないっていうか。まあ、武尊からの電話番号はブロックしておいたわ。当分、連絡はかかってこないと思うわ。私のアパートの住所さえバレなければね」
芹那は暗い表情をしている。
店内で出会った時から、雰囲気が暗いのだ。
もう少し元気になってほしいと、達紀は思っていた。
「さすがに、住所バレはないと思いますけど。昨日、あの人とは夜に出会ったので、芹那さんはあまり遅い時間帯には出歩かない方がいいと思いますよ」
「でも、バイトがあるし。それにアパート代の支払いもあるから、そう簡単に決められないわ」
「そ、そうですね。アパートに住んでるから難しいですよね。えっと、親に相談するとかは?」
達紀は咄嗟に頭に思い浮かんだことを口にする。
「それは無理。こっちから連絡したら、武尊の耳に入るかもしれないし。それが原因で住所バレするかもしれないから」
「実家でも幅を利かせてるんですか? あの人は?」
「まあ、そうね。私の両親も手を焼いているところがあって」
芹那は呆れた感じに、ため息交じりの言葉をはく。
「そんなに。それは大変ですね」
親しい両親がいる津城家には、そう簡単に助けを求められないらしい。
話を聞けば聞くほど、達紀は彼女の生活に同情してしまうのだった。
「でしたら、俺が芹那さんとすべて同じ日にバイトに入りますよ」
達紀は積極的に、ハッキリとした口調で言う。
そんな達紀の状態は前かがみになっており、彼女から少々驚かれていた。
「それは無理じゃない?」
「え、どうしてですか」
達紀は席に座り直す。
「だって、達紀くんはまだ高校生でしょ。夜一〇時以降は一人で外を歩けないでしょ。私の家まで付き添ってくれる前提で話してくれてると思うけど、そんなに無理しないで」
「でも、それしか」
「だったら、これを機に、店長に頼んで朝方バイトにしてもらうって考えはあるわ」
そうなると、達紀と芹那のバイト時間がかぶる事が無くなるのだ。
それは悲しい事だが、芹那の安全面を考えると、それが一番いい案なのかもしれない。
朝方だと、道を歩いていても人目がある。
だから、あの男性もそう簡単に近づけないはずだ。
それに、朝方は基本、あの男性も仕事をしている時間であり、極力接点を持つことを避けられると思う。
「……そうですね。わかりました、その方法で……」
バイト時間がかぶらなくなることに関して、達紀は寂しかった。
でも、それは仕方ない事であり、芹那の身の安全を守るためにも現実を受け入れる事にしたのだ。
「失礼しいたします。こちら、ご注文のコーヒーとココアになります。それと、こちらがレアチーズケーキになります。伝票はこちらに置いておきますね。では、ごゆっくりどうぞ」
女性店員が頭を下げて、立ち去る。
二人がいるテーブルには、注文した品々が置かれてあった。
達紀はココア一口飲んだ。
対面上の席に座っている芹那もコーヒーを恐る恐る飲み始めていた。
「美味しいわね……」
芹那はコーヒーカップをテーブルの上に置くと、一息ついていたのだ。
「それと、話を聞いてくれてありがとね。こういう話を出来る人って、なかなかいないから」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。武尊の事といえ、自分の家庭事情を晒すなんて難しいし。達紀くんなら、同じ悩みを抱えてる同志みたいなものだから、問題なく話せるじゃない?」
「それはそうですね」
芹那から悩み相談されていると頼られている感じがして、心の底では嬉しかった。
「芹那さんが元気になってよかったですよ。それと、レアチーズですけど。芹那さんも食べますか?」
「うん、少しだけね」
「えっと、俺が食べさせてあげた方がいいですかね?」
「うん、お願いね」
頬を軽く紅潮させた芹那の笑みを見ると、物凄く緊張する。
これはまさにデートをしているようなものだと達紀は思い、内心かなり焦っていたのだ。
「で、では――」
達紀は不安になりながらも、フォークの先端で自身のレアチーズの一部を取り、芹那の口元まで運んでいく。
芹那は口を小さく開け、瞼を閉じていたのだ。
年上のお姉さんである芹那が瞼を閉じているだけなのに、疚しい気持ちになってくる。
「どうしたのかしら?」
芹那が瞼を開け、対面上にいる達紀の事をまじまじと見つめてくるのだ。
「いいえ……なんていうか、もう少し口を開けてくれませんか?」
達紀は頬をちょっとばかし紅潮させながら返答した。
「そういうこと? ごめんね」
そう言って、芹那は再び瞼を閉じ、口をさっきよりも大きく開く。
達紀は彼女の口元へ、レアチーズの一部を入れたのである。
「んッ、この甘さ。クッキーの味とチーズの味が程よく絡み合ってるわね」
芹那の暗かった表情がパアァと明るくなるのだ。
「じゃ、今度は私が達紀に食べさせてあげるね」
そう言って、芹那は達紀が持っているフォークを奪うと、レアチーズの欠片を取り、口元へと近づけてきた。
「達紀くん、あーんしないとダメだよ」
達紀の目の前にはレアチーズの一部があった。
芹那は近距離でかつ、甘い声で誘惑してくるのだ。
そんな彼女の姿を目撃すると、心臓の鼓動がバクバクと高まってくる。
達紀は全力で緊張を堪え、それを食べた。
でも、後になってから気づく。
今使っているフォークは芹那の口元に触れたモノだと――
実質間接的な口づけであり、達紀はみるみる内に頬が紅潮していく。
「達紀くん、頬が赤いよ。どうしたのかなぁ?」
芹那はわかっているが、達紀の事をからかってきているのだ。
達紀は、さらに頬を真っ赤に染め、気まずそうに黙り込む事しか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます