第11話 今日の芹那さんは元気がない
美術の女性教師から、街並みと山の風景の絵を評価されたのである。
その先生からは、コンテストに応募した方がいいと、皆の前で進められたのだ。
達紀は趣味でやっているだけであり、そこまで評価されるとは思ってもみなかった。
だから最初は、そういう気分ではなかったものの、先生の勢いに押し負け、コンテストに応募する決断をしたのだ。
他のクラスメイトも数人ほど出来の良い絵を描いていた事もあり、先生はそれらと一緒に公募してくれるようだった。
数か月前から絵の練習をしていて良かったと、達紀は心の中で感じていた。
茜から強引なフラれ方をされなかったら、本格的に絵の練習をしようとは思わなかっただろう。
ある意味、転換期だったのかもしれない。
美術終わりは昼休みの時間であり、達紀は教室には立ち寄らず、美術室から直接購買部へ向かう事にした。
「達紀先輩!」
「お兄ちゃん、一緒に昼食を食べよ」
購買部に入ろうとしたところで達紀は、妹の
達紀は購買部でパンと飲み物を買った後、二人と共に校舎の中庭へと移動する事にした。
「そうだ、お兄ちゃん。私、入部したい部活に目星がついてきたの」
三人はベンチに座っていた。
「そうか、なら良かったじゃん。それで、どんな部活にするの?」
「何かしらの運動部系のマネージャーか、文化部系かな。文化部っていっても色々あるし、料理部とか、パソコン部とかね」
達紀の左隣に座っている一夏は楽しそうに話している。
「私は、一夏と一緒の部活に入りたいし。私も一夏と大体同じ考えなんだよね」
一夏の左隣にいる唯花も同意見であり、色々な部活に目移りしてしまい、今のところ、かなり迷っているらしい。
「だからね、今日も唯花と一緒に部活巡りするんだよね」
「うん! 私ね、今日は料理部に行きたいんだけど、一夏はどうかな?」
「いいね。あとはパソコン部とも一応見学してみたいよね」
「そうだね」
二人は高校生活を楽しんでいるようだった。
普通に楽しめているのなら、いい事だと思う。
達紀はパンを食べ、飲み物を飲んだりして、彼女らとのお昼を過ごす。
妹らの話を横で聞いているだけでも楽しめていたのだ。
放課後。
達紀は帰宅の仕度を整え、通学用のリュックを背に、迷うことなく教室を後にした。
一夏も唯花も部活見学で、達紀は一人で学校を後にする。
今日は自宅の方角ではなく、街中に向かって進んで行く。
今から行く場所は本屋であり、普段から動画配信サイトで視聴している配信者が、イラストの描き方講座も書籍を販売したからだ。
夕方時、街中に到着した達紀はアーケード街通りを歩いていた。
本屋はアーケード街の中心らへんにある。
店内に入り、達紀は迷わずビジネス書籍エリアへと足を運ぶ。
そのエリアには、新刊発売と記されたポップが設置されてあるのだ。
「えっと……あ、これだ」
達紀は新刊の中から、その書籍を手にする。
表紙には、動画配信者のアカウント画像と、その絵師によるオリジナルキャラが描かれてあった。
達紀はパラパラと、書籍のページをめくっていく。
内容としては初心者でもわかりやすく、オリジナルキャラが解説してくれているような構成だった。
基本的に、イラストの練習は模写するところから始まる。
漫画のキャラクターや雑誌の人物をトレースする事が、上達するためには必要不可欠らしい。
ただ人を描くだけではなく、その周りのモノや景色などを意識しながら模写する事が大切なのだ。
人は、ただそこに存在するわけではなく、周りの影響を受けて存在する。だから背景は重要な役割を果たすのだ。
達紀も昔、動画を見て、そこから練習を始めたなぁと振り返っていた。
イラストを本格的に描き始めた頃は、人の手を描く練習をしていたのだ。
手には多くの関節があり、たまにAIイラストでも手を上手に出力できない時がある。
手の印象に違和感があると、イラスト全体が変に見える事が多い。
人の手は絶対に使う部位であり、それをしっかりと描けるかが試されるのだ。
達紀も色々な角度から手を描く練習をした。
今でも手を描くのが下手で、背景を描いたり、キャラクターの顔を中心に描いていることが多い。
顔や肩らへんを中心に描いていると、やはり、キャラクターに動きがなく見え、どちらかというと証明写真のような感じになる。
手をしっかりと描けるかどうかで、キャラの印象が変わるのだ。
達紀はその本をまじまじと読み、深く頷いていた。
読めば読むほど、自分にはまだ実力が足りないと思い知らされる。
「これは買いだな!」
ある程度絵が上達している達紀でも、欲しいと思える内容となっていた。だから、立ち読みして一通り目を通したが、購入する決断をしたのだ。
「これでまた上達すればいいけど」
達紀は、イラスト上達術と記されたタイトルの書籍を手にし、店内のレジカウンターで購入する。
後は特に重要な用事などもなく、ただ帰宅するだけだった。が、店内を出ようとした時に、音楽コーナーへ向かう
この書店では本だけではなく、音楽や喫茶店も取り扱っているのだ。
芹那、さん……?
昨日はタクシーで帰宅していったものの、それ以降音沙汰がなかった。
遠目から見ても元気そうには見えず、達紀は彼女の後を追う。
音楽コーナーへ入り、辺りを見渡す。
すると、芹那はCDが置かれた棚の前に立ち、その周辺を眺めていたのだ。
達紀は、芹那の横顔を見ながら近づいていく。
「芹那さん?」
「……え? 達紀くん? どうしてここに?」
芹那はCDを手にしたまま驚いていた。
「さっき、芹那さんの姿が見えたので」
「そうなの? 丁度同じ時間帯に、店内にいたのね」
やはり、口調からしても元気が無さそうに思えた。
「芹那さん、昨日は大変だったと思いますが、大丈夫ですかね?」
達紀は不安で、彼女の横顔を見ながら問いかける。
「私は大丈夫だけど」
顔を合わせてくれる事はなかった。
「でも、元気があるようには見えないんですけど」
「そう、かな?」
芹那はチラッとだけ、達紀の方を見てくれる。
「そうですよ。ここで話すより、別のところに行きませんか? そこでなら会話しやすいと思うので」
大丈夫だと言われても心配だ。
店内には喫茶店スペースもあり、達紀は強引な形で芹那を案内するのだった。
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