第3話 津城姉妹の悩み

「ご馳走様でした!」


 夕食を食べ終えたリビング内。津城唯花つしろ/ゆいかはもうお腹がいっぱいなようで、正座していた足を崩し、お腹を擦っていた。


「やっぱり、お姉さんは料理が上手だよね」

「当たり前でしょ。じゃないと、一人暮らしなんてできないわ。唯花も後で料理の勉強をする?」

「でも、私下手だよ」

「下手だからよ。料理の一つも作れなかったら後々困るじゃない?」

「そ、そうだね。じゃあ、時間がある時に教えて」

「わかったわ。でも、まずは食器を片付けるの手伝ってくれる」

「はい、了解しました!」


 津城芹那つしろ/せりなに言われ、唯花が敬礼をするように立ち上がる。


「お、俺も手伝うよ」


 お腹いっぱいですぐには動けなかった蓮見達紀はすみ/たつきも、一応協力しようと思い、立ち上がる素振りを見せた。


「別にいいわ。蓮見くんはゆっくりとしてて。今日は色々とお世話になったんだし」


 芹那から申し訳なさそうに断られたのだ。


 芹那と唯花は、達紀が使用した分の食器もトレーの上に乗せ、キッチンへ向かって立ち去って行く。

 キッチンの方からは彼女らの話し声が聞こえるのだった。




 達紀がリビングの床に座っていると、扉で仕切られた隣の部屋が視界に入る。

 多分だが、彼女らの寝室なのだと思い、達紀はその扉を少しだけ眺めていた。

 が、扉を開ける事はしない。

 女の子の家まで来て変態行為なんてしたら色々な意味で恨まれる事だろう。

 そんな事は目に見えているのだ。


「達紀先輩!」


 皿洗いを終えたであろう唯花がリビングに戻ってきた。


「先輩って、どっちと付き合いたいですか?」


 唯花は達紀の隣に座り、こっそりと話しかけてくる。


「さっきの話の続き?」

「はい。先輩は素直に言ってもいいですからね。今はお姉さんが聞いていないので」


 芹那はキッチンの方で皿洗いを続けているらしい。

 今は皿を洗っているらしく、キッチンの方からは水が流れる音が聞こえてきたのだ。


「でも……」

「嫌なんですか? 付き合っている人がいないんですよね? 先輩とは友達の間柄ではなく、ちゃんと付き合っていきたいんです!」

「え、まあ、芹那さんには申し訳ないけど……じゃあ、唯花と」


 達紀が言葉を続けようとした時、丁度、皿洗いを終えた芹那がリビング戻って来たのである。

 濡れた手をハンカチで拭いていた。


 芹那は、二人がこっそりと話しているところをまじまじと見つめていたのだ。


「せ、芹那さん?」


 達紀はドキッとした顔つきで声を出す。


「唯花? 抜け駆けはよくないわ」

「お姉さん、皿洗いは終わったんですね」


 食事で使ったテーブル前のリビングの床に正座していた唯花は、いきなりの姉の登場に動揺し、目を丸くしている。

 達紀に対し、こっそりと話をしようとしていた、唯花の作戦が一気に打ち砕かれた瞬間であった。


「そうよ。終わったわ。それとね、どっちと付き合うかは重要な話よ」


 芹那もテーブル近くに座り、二人の様子を交互に伺うように見つめていた。


「それで、蓮見くんは、誰とも付き合ってないのよね?」

「そ、そうですね」

「そういえば、元々は付き合っている人がいたの?」

「はい、いましたね……」


 テーブル前の床に座る芹那からの問いかけに、達紀は静かに答えた。

 あまり振り返りたくない過去の記憶がフラッシュバッグしたからだ。


「もしかして、思い出したくない事とか?」

「はい……」

「そうなのね。大変だったわね。まあ、私も昔、色々あったから、わかるところはあるわ」


 芹那も重い腰を上げるように話し始めた。


「芹那さんも色々あったんですね」

「そうね。唯花とも同じだと思うけど。そうよね」

「はい」


 唯花も頷いていた。

 二人にも忘れたい過去がある。

 それは誰にでもあるわけで、その運命からは逃れられないのだろう。


 達紀も辛い過去と割り切れずに、今も生活している感じだった。


「あのね、私には弟がいて、唯花からしたら兄になるんだけど」


 芹那はゆっくりと話し始めた。


「その人から逃れるために、このアパートで住んでるの。まあ、大学に近いっていうのもあるんだけど。実家から離れた場所だから安心っていうか。唯花もあまりその人と関わりたくないよね?」


 芹那は唯花に問いかける。


「うん、普通のお兄さんだったらよかったんだけど。でも、いつもパシリみたいな感じに扱われるし、勝手に私のモノを取ったり。勝手に私の部屋に入ってきたり。色々あったの。だから、お姉さんにお願いして、ここに住まわせて貰ってる感じなの」


 津城姉妹らが話している事は現実で起きている事らしく、彼女らが話す言葉を聞いていると、心が重くなってくる。

 それほどに二人は闇を抱えた人生を歩んできたのだろう。


「色々とあったんだね」

「そうなの。まあ、私の弟ってのが、この人で」


 芹那が一枚の写真を見せてきた。

 テーブルに置かれたその写真には、サッカー選手のようなユニホームを着用した男性が映っていたのだ。

 その男性はトロフィーを持っており、他の選手らと勝利を分かち合っているようなワンシーンであった。


「ん? あれ?」

「どうしたのかしら?」

「いや、どこかで……ああ、そうか」


 その写真を見て、達紀はハッとした。

 その男性は、去年のクリスマスの日に、元カノの茜と一緒にいた人物だったと――


「この人って――」

「え? 蓮見くんは知ってるの?」

「知ってるっていうか。その人、俺が元々付き合っていた人と一緒にいた人だから」

「そうなの? 意外な繋がりね」


 芹那は驚いていた。

 まさか過ぎる展開である。

 津城姉妹とは色々なところで共通しているところがあるらしい。


「私たちの悩みの共通点も同じなら協力しない?」

「協力?」

「そうよ」


 芹那が達紀に対して、提案を持ちかけてきたのだ。


「唯花もあの人は好きじゃないでしょ」

「うん」


 唯花はハッキリと頷いていた。


「蓮見くんも同じ気持ちなら、ちょっと私なりの作戦があって」


 芹那が二人に近づいてくる。


「蓮見くんは知らないと思うけど、あの人って、今はスポーツ関係の仕事をしているの」

「そうなんですね」


 達紀は相槌を付きながら聞いていた。

 達紀の隣にいる唯花も黙って、芹那の話を聞いていたのだ。


「あの人は今年高校を卒業して、スポーツ関係の会社に就職した感じなの」

「スポーツ関係? だから、陽キャ寄りの雰囲気があったんですね」

「まあ、見た目はいいから、騙されるんじゃない? というか、あの人って普通に三股とかもしてるみたいだから。蓮見くんの元カノもその一人なんじゃないかしら?」

「そ、それじゃあ、騙されてるってこと?」

「そうなるわね。あの人は騙すのが得意な上にスポーツもしっかりと出来るから。それが厄介なのよね。普通、騙すのが上手かったら、スポーツが下手とかがテンプレじゃない?」


 芹那は面倒な弟がいると大変だといった顔を見せていた。


「そうかもですね。面倒な人ほど、優秀だったりは普通にありますからね」

「まあ、あの人には一回痛い目に合って貰わないとね。蓮見くんは協力してくれる?」

「はい」


 達紀は、芹那と唯花の顔を交互に見た後、了承するかのように首を縦に動かしたのだった。

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