第4話 元カノの茜の事を忘れたい…

「というか、嫌なくらいに成功してるし。憎まれてる人ほど世渡り上手的な。そういうことわざがあるでしょ?」

「ありますね」


 アパートのリビング内。津城芹那つしろ/せりながムスッとした顔で言い、それに対し、達紀は頷いていた。

 憎まれっ子世にはばかるといったことわざの事について彼女は言っているのだろう。


 真面目に生きている人よりも、悪徳な人ほど成功していることが多く、人生というのは不条理だと感じる場面が多々あるのだ。


「お兄さんって実力は高いから普通の人であれば良かったんだけどね。嫌な事をしない人であればね。そういう感じだったら普通に尊敬も出来たかなって」


 津城唯花しつろ/ゆいかも芹那同様に不満そうな顔を浮かべていた。


 聞くところによれば、唯花の兄である彼は、元々は普通の人だったらしい。

 高校生になり、サッカー選手として県大会に出場するほどの常連になってから人が変わり、現在のような悪態をつくようになったようだ。


 人は環境によって大きく人柄が変わると聞くが、それは本当らしい。

 芹那の話を、蓮見達紀はすみ/たつきは相槌を打ちながら聞いていた。


「まあ、すぐにあいつの事をどうこう出来るわけじゃないけど。やり方としては、一つだけ方法があるの」

「どういう作戦ですか?」


 リビングのテーブル前で真剣な顔を見せ、芹那は淡々と話し始める。


「あの人が三股してるって話をしたじゃない。でも、噂によると、それ以上してるかもって。以前、とある子から話を聞いたの」

「三股以上ですか?」


 テーブル前で胡坐をかいていた達紀は、咄嗟に正座状態になり、目を丸くして驚く。

 達紀からしたら三股どころか、それ以上の関係を異性と築く事すら難しいのだ。

 人生で初めて元カノの唯花と付き合ったくらいで、それ以外の異性と付き合った事も、手を繋いだ事もない。

 度胸のない達紀とは全く異なる人種だった。


「だからね。その被害者になった子の情報を集める事をした方がいいと思うの。証拠や被害者の証言がないと難しいでしょ」

「確かに、そうですね。明確な証拠がないと違うとか言われそうですよね」

「そうなのよね」


 芹那は腕組をして難しい顔を浮かべる。


「お姉さんは、お兄さんの被害者になった人をどれくらい知ってるの?」

「んー、今のところは、その一人ね。大学に通ってる子だけど。今はあまり大学では見かけないかな」

「そうなの? なんで?」


 唯花は首を傾げていた。


「わからないわ。もしかしたら裏切られた事による人間不信になってるかもしれないし。私、その子とは友達ってわけでもないから。詳しい事はわからないわ。後で、その子の知り合いを見つけて話してみるわ」

「その方がいいよね。もし本当に人間不信になってるなら、かわいそうだよね」

「そうね。どれくらいの被害者がいるかはわからないけど。あいつ、腹が立つのよね。でも、関わると面倒な事をされるから関わりたくないってのも本音なんだけどね。んー」


 芹那と唯花はため息交じりの声で肩を落としていた。

 その光景を達紀は見ていたのだ。


「大変だね、そういう人と家族ってなると」


 達紀は二人の様子を伺いながら優しく話しかけてあげたのだ。


「そうでしょ。蓮見くんにも迷惑をかけたね。元カノを奪われて」

「そうですね……しかもクリスマスの日だったので結構心に来ましたね。その日は一人で妹と一緒にフライドチキンを食べて」

「そうなの? それは苦しいわね。アレ? 蓮見くんには妹さんがいたの?」

「はい。一コ下の妹がいて。多分、唯花さんは知ってるんじゃないかな?」


 達紀は隣にいる唯花を見やった。


「え? そういえば、同じクラスに、蓮見っていう苗字の子がいたような……」


 唯花は今日の出来事を振り返るように左手を口元に当てていた。

 今日は新学期の初日。唯花が少々悩んだ表情を浮かべているという事は、達紀の妹とは直接話した事が無いのだろう。


「でも、まだ他の子とも殆ど会話していなくて。まだ友達らしい子もいないんですよね」

「じゃあ、うちの妹と仲良くしてくれればいいよ。俺の方からも話しておくから」

「本当ですか?」

「うん」

「ありがとうございます、達紀先輩!」


 達紀は、目を輝かせる唯花から、また感謝されてしまった。




「今日は私の話を聞いてくれてありがとね」

「また、明日からよろしくお願いしますね、先輩!」


 達紀は二人との会話を終わらせ、玄関先にいた。

 達紀は靴を履くと、二人の方を振り向いて、今日はありがとうございましたと一言話す。


「私、後で被害を受けた子と接点を持つようにして事情を聞いておくから。バイトで合った時、そこで会話しよ。明日出勤だよね?」

「なんで知ってるんですか?」

「一応、私の出勤日に誰が出てくるかは覚えてるからね」

「記憶力が高いんですね」

「そうかもね。それと、その日に他の事も話しましょうね」


 芹那がウインクしてくる。


「あ、お姉さん、もしかして抜け駆けですか!」


 芹那の妹である唯花は、ハッと気づいて対抗意識を燃やしていたのだ。


「でも、唯花だって、さっき抜け駆けしようとしてたじゃない」

「そうですけど。でも、達紀先輩! 明日、また学校で!」


 唯花はパッと明るい表情を見せ、達紀を見送っていた。


 達紀も彼女らに対し、手を振ってアパートを後にするのだ。


 二人からは、どっちと付き合うか問われていたわけだが、元カノを奪ったあの男についての話だけで今日は終了したのである。


 唯花と芹那。

 どっちと付き合うかの判断はまた後になりそうだ。




 はあぁ、今日は色々あったな……。


 達紀は心の中で大きなため息をはいて、アパートから離れた位置にある街の道を歩いていた。


 現在は夜の八時に近い時間帯。

 辺りの電灯には明かりがつき、会社帰りの方も多く車の通りも激しくなっていたのだ。

 車道隣の歩道を移動している達紀は、街中のデパートで何かを買ってから帰ろうと考えていた。


 アーケードの入り口近くにある大きなデパートに入り、その一階の食材売り場にて、総菜を購入する。

 今日のではなく、明日の朝食べる用としてレジを通して会計を終えた。

 購入した総菜は通学用のリュックにしまい、デパートの外に出たのだ。


 デパートに入る前よりも、外は暗い。

 辺りのお店には電気がついている事もあって、街中からだと空に存在する月の形だけが何となく見える感じだった。


 達紀は時間を気にし、早く帰るため、駆け足で街中の裏通りを通って帰宅しようとした時だった。

 その裏道を歩いていると、誰かの声が聞こえる。

 聞き覚えのある声だ。


「今日はどうするの?」

「じゃあ、あの場所に行くか」

「えー、本当ですか?」


 声のある方へチラッと視線を向けると、そこには私服姿の桜井茜さくらい/あかねがいた。

 その隣を歩いているのは、津城姉妹の身内である男性だったのだ。


 現実から視線を逸らすため、達紀は二人には気づかれないようにゆっくりと道を歩く。


 その二人はとある建物に入って行ったのだ。


「……ホテルか」


 怪しい雰囲気を醸し出している建物だ。

 これからここで行われる行為については想像したくもなく、達紀は茜との事を強引に忘れるためにも、その場所から走って帰路に付くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る