第10話

「おい、鬼。なにしてる、僕を待たせるな」



「!?」



黒百合に見つめられ、思考停止していたかすみだったが、ふいに入口の方から聞こえてきたよく通る若い青年の声にハッとし、身体ごと黒百合から離れた。



「……満月。車に居ろと言った」



ぶっきらぼうに言う黒百合に、若い青年の声は呆れたように「お前が遅いからだろ」と言いながらこちらへと近付いてくる。



「台本は見つかったのか?」



「ああ」



「だったらはやく戻って来い…って、なんだ仕事の話か?」




青年の声は黒百合と会話しながらどんどんとこちらへと近付き、次の瞬間、かすみと黒百合のいる芸能部のフロアをカウンター越しに覗き込んできた。



「あっ!」



こちらを覗き込んできた人物は、ラピスラズリの様なミディアムロングの髪を低い位置で緩く束ね、自信に満ち溢れた金色の瞳をしていた。



えもいえぬ独特の美しさを放つ青年の姿を見た瞬間、かすみは唐突に体の力が抜け、それと同時に何故だかとても心地良く、強烈な眠気が襲ってきた為、その場に倒れ込んでしまった。



「…だから待っていろと言ったんだ」



床に倒れ込んだかすみを抱き上げ、小さく息をつく黒百合に、退屈そうにカウンターに頬杖をついた満月は、「僕に命令するな」とそっぽを向いた。



「それにその女、僕に惹かれたんじゃない。僕に惹かれそうになったその女を、内側から"なにか"が引っ張った」

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