第22話
飲み込まれる寸前、反射的に目を瞑ったすみれが、次に目を開くと、そこは見覚えのある西洋風の内装の広い部屋だった。
「い…!嫌っ!なんで!?」
驚きと恐怖に頭を抱えるすみれの耳に、後ろからまたしても聞き覚えのある声が、すみれの両耳を貫いた。
『旦那様、"奥様"がお目覚めでございます』
「!?」
シルヴァの特殊な響きの声に返事をするかのように部屋が不自然に歪み、その酷く歪んだ中心から何か音が漏れ聞こえてくる。
恐怖を煽るようなその音に、すみれは強く目を瞑り、耳を塞いだ。
『………かしこまりました、それでは何か御用がございましたらお呼びください』
そしてバタンと背後で扉の閉まる音がして、シルヴァが部屋から出ていってしまった。
「待って!」
すみれは反射的に駆け出し、ドアノブを必死でまわすが、鍵がかかっているのか開けることが出来ない。
「な、なんで…」
ガタガタと震える手で黄金の鍵を探すが、しまっていたはずのポケットにも無く、すみれは固く閉じた大きな黒い扉を叩くしかなかった。
「出して!シルヴァさん!お願いです!」
声を張り上げ、必死に扉を叩くすみれの手を、突然背後から氷のように冷たい手で握られ、すみれは恐怖で動けなくなってしまった。
【お前はここに居なさい】
後ろから聞こえてきた声は重圧感のある声で短くそう言うと、その冷たい手でゆっくりとすみれの手の形をなぞるようにしてキュッと軽く握った。
そして恐怖で凍りついたすみれの体を自分へと振り向かせた。
すみれは抵抗も出来ず、されるがままに後ろを振り返ると、そこにはぬいぐるみと一緒にいた褐色の肌の青年よりも背の高い男が立っていた。
男は夜の闇を切り取った様な漆黒の長い髪に、白い玉のような肌、瞳はルビーを埋め込んだかのような鮮やかだが、妙に艶かしい光を宿していて、色の無い唇は薄く微笑んでいるように見えた。
だが、その男、
明らかにおかしいのだ。
恐怖を感じるほどに美しい見た目をしているのだが、その顔をまじまじと見つめれば見つめるほど、"どんな顔"をしているのか分からないのだ。
一目見た瞬間は若い男の様に見えるが、しばらく見ていると酷く幼くも、酷く年老いても見えるのだ。
「あ…あぁ……」
氷のように冷たい美しさを放つその男は、冷たい大きな手ですみれの頬を撫で、恐怖に揺れるすみれの瞳を見つめた。
【私が怖いか?】
宝石のような赤い瞳に見つめられたすみれは、その瞬間、男に心臓を掴まれたような、そんな危機感を覚えた。
「い、いえ……」
そう言いながらも震えるすみれの唇を男は冷たく、長い指でそっとなぞり、ふっと微笑む。
【嘘をつくな、お前は私が恐ろしいのだろう?分かっている、だがお前は私の妻だ。お前が私を恐れていようと、お前は私の傍にいなければならない】
「ど、どうして…私が…」
ガタガタと震えるすみれを、男は冷たい体で抱きしめた。
体格差はあるものの、体を寄せあっていれば、体に流れる血液の音、そして呼吸のリズムが分かるはずだが、男からはそれらを全く感じることが出来なかった。
(この人…呼吸をしてない…!)
【ああ、そうだ忘れていた】
男は小さく呟くと、一度体を離し、すみれの顔を持ち上げるなり、その色の無い唇ですみれの唇に噛み付くようなキスをした。
「んっ!んん……/////」
最初の内は冷たい男の唇と、冷たい舌に驚いたすみれだったが、丹念に歯列をなぞり、自分の熱い舌を吸い上げられる内に、体の力が抜け、いつの間にか自分から男の冷たい体へと倒れ込んでいた。
熱い息を吐くすみれを、男はサッと抱き上げてそのままベッドへと運ぶと、すみれへと覆い被さるなり、
すみれの細い首筋から、激しく上下する胸にかけてゆっくりと丁寧に服を脱がしながら冷たい唇を這わせる。
「やっ…!やめて…///」
身を捩らせて抵抗するすみれに、男は柔らかい声でただ一言【私に任せなさい】と囁くと、
露になったすみれの淡い色のブラを長い爪でピッと切り捨て、その柔らかな胸にゆっくりと手を這わせると、そのまま顔を近付け、左胸に一度キスを落とした。
「ああ…!」
すみれの左胸に、男の冷たい唇が触れた瞬間、すみれの心臓がじわりじわりと凍りついていくのを感じた。
そしてビクリと跳ねたすみれの反応を見て、男は美しくも暗い笑みを浮かべた。
【お前が悪いんだ、私以外にその心を割くなんて】
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