第16話 天上に煌めく星々
▶時期:天徳元年(957)― 天徳三年(959)
梨花が懐妊してから四年の月日が流れた。晴明と梨花は二人の男子に恵まれ、円満な家庭を築いていた。陰陽寮では、陰陽頭であった平野茂樹の逝去によって賀茂保憲が後任を務めていた。今や保憲は右大臣である藤原師輔の宴会に招かれるほどの大物になっていた。
日延は留学先の呉越国で符天暦を学んだ後、帰朝した。保憲は新しい暦法の到来を喜ぶが、この暦は官暦である宣明暦とは異なり、民間発祥の暦であったため、村上天皇は公式に用いないとの判断を下した。そこで、暦本を作る際に確認するための暦として用いられることになった。
符天暦が天体の運行と深く関わっていたことから保憲は天文生として天文道を学び始め、晴明も付き従った。晴明が陰陽生であった時と異なり、保憲は、天文博士になって機が熟したら陰陽寮を離れて独立しようとしていた。晴明は保憲が寮を去った後に博士になることを目標に掲げ、まずは得業生になるために熱心に勉強した。彼は、いつか保憲のように自分の息子たちに天文道を継がせる夢を抱いていた。
天文生には、陰陽寮の司天台から天体観測を行い、異変があれば報告する職務があった。晴明は帰りが遅くなることが増え、帰宅した時には妻も子供たちも眠りについていた。梨花は仕事だからと納得していたが、子供たちは父の不在を寂しがっていた。晴明は非番の日に家族団欒の時を設け、妻子が寂しがらないように努めた。
司天台では天体観測の最中にもかかわらず居眠りしている者、女に逢いに行くために欠勤する者が跡を絶たず、老衰とともに視力が低下して陰陽寮を離れる者もいた。晴明は天文道が人材難に陥っている原因を知り、眠気を抑えながら真面目に勤務した。
晴明は初老の年齢に差し掛かっていたが、妖狐の血のおかげで若さを保っていた。天文道をはじめ陰陽寮の人々は晴明の年齢を知って驚き、彼の素性を疑った。晴明は長年の知己である医師の丹波康頼から教わった美容法によるものだと誤魔化したが、保憲もまた若い時と少しも変わらない晴明の容貌を不思議に思っていた。
三合の厄によって世間の人々は疫病や飢饉に苦しみ、天暦から天徳に改元がなされた。世の中が穏やかになった後、天文生として優秀な成績を収めた保憲は得業生になった。やがて藤原安子が皇子守平を出産し、守平は親王宣下を蒙った。
世の中が平穏に満ちていた時、晴明は白虹が太陽を貫く天変を目撃する。それは、天文道において不吉な兆しであった。
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