第10話 泰山府君の法

▶時期:天暦元年(947)


疱瘡を患った梨花は隔離され、孤独な日々を送っていた。晴明は、心の内では彼女を看病したいと思っていたが、身勝手な行動で彼の師匠に病が伝染るようなことはあってはならないことだと自分を戒め、遠くから無事を祈っていた。


賀茂忠行は、密教の修法である焔羅王供行法次第には万病を治す力があることを発見する。この修法は病人の家で泰山府君の呪文を唱えれば死籍から病人の名前が削られるもので、泰山府君は陰陽寮でも延命祈願の神として祀られていた。この時、晴明は初めて泰山府君の名を知った。


本来であれば密教僧が行うものだが、晴明は妖狐の霊力を活かして梨花を救えるかもしれないと考え、泰山府君の法を修した。晴明は一心不乱に泰山府君の呪文を唱えた。その様子を陰ながら見ていた保憲は、晴明が梨花に並々ならぬ想いを抱いていることを察する。梨花は病の苦しみから救われたが、顔に疱瘡の跡が残ってしまった。晴明は梨花の様子を確かめようとしたが、彼女は醜い顔を誰にも見せたくなかった。


やがて村上天皇が疱瘡を患い、陰陽寮は疫病を鎮めるために四角祭を修したが、天皇の病は治らなかった。晴明が特別な力を持っていることなど知らない忠行は、泰山府君には疫病を治す力があると確信し、天皇を病から救うために泰山府君の法の実施を勧めた。だが、忠行が勧めたのは密教の修法ではなく、陰陽寮において泰山府君を祀る唯一の祭祀である七献上章祭であった。保憲が名を揚げるにはこれ以上ない機会だったのだ。


保憲が七献上章祭を修したのと同じ日に丹波康頼が参内した。康頼は、梅干しに疫病を治す効果があることを確かめ、天皇に食べさせた。数日後、天皇は病から回復した。保憲と康頼は共に褒美を賜ることになった。疫病で陰陽博士が欠けていたので、保憲が博士に昇格した。


保憲は疫病の影響で陰陽寮の生徒に欠員が生じたことを話し、長らく自分を支えてくれている弟子を生徒に登用してほしいと願い出て認められた。こうして、晴明は晴れて陰陽寮の生徒になった。


梨花は未だ誰にも会いたがらなかったので、晴明は御簾越しに丹波康頼から受け取った薬を置いた。そして、どのような容貌でも梨花であることに変わりはないと言い残してその場を去った。康頼の薬が功を奏し、梨花の顔の傷は以前より薄れた。彼女は晴明の言葉を信じて彼の昇格を祝う宴に顔を出し、彼が陰陽師を志したきっかけは白雪という仙女との出逢いだと知る。

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