第9話 秘めた想い

▶時期:天慶八年(945)― 天暦元年(947)


二人だけの秘密を共有してから、晴明と梨花の絆はより一層深まった。一度顔を見てしまった以上、二人きりの時は顔を隠す必要はなくなったが、長らく顔を見せないで晴明と接してきた梨花は、いざ顔を露わにして向き合ってみるとどうしたらいいかわからなくなった。梨花が恥ずかしそうに俯きがちになって接してくる様子は、晴明をたまらなく愛おしい気持ちにさせた。


新嘗祭の時期、梨花は藤原忠平から五節の舞姫になることを勧められた。賀茂家の役に立つよい機会だが、大勢の男に顔を晒すため返事を渋っていた。彼女は、初対面の男と逢瀬を交わす都の習わしは自分には不向きであることを自覚していた。梨花は晴明に舞姫を勤めるべきか相談し、心の内では彼が引き止めることを期待していた。晴明もまた、梨花の光り輝く容貌を他の男に知られたくなかったが、本心は伝えずに彼女の意志を尊重することにした。結局のところ、梨花は適当な理由をつけて舞姫を辞退したが、彼女は晴明の曖昧な態度に気が沈んでしまう。


村上天皇の即位に伴い、晴明は大嘗会において安倍氏の当主として吉志舞を奉納した。今や安倍氏の一族は、晴明が子孫を残さない限りは途絶えてしまう運命であった。晴明は結婚適齢期をとうに過ぎていたが、未だ陰陽寮の雑用係のような身分の晴明に嫁ぎたい女などいるはずもなく、まして彼の正体が受け入れられるとも思えなかった。晴明は、陰陽師になるまでの道のりは思い描いていたよりもずっと長かったことを痛感した。


近江国比良天満宮の禰宜の息子が夢の中で菅原道真から神託を授かったことについて、陰陽寮は吉凶を占った。その結果、神託に従い北野天満宮を創建して菅原道真を祀った。道真からのお告げがあったのは日蔵上人以来のことであった。彼が深く恨んでいたであろう人々が死してもなお、世間では相変わらず道真が怨霊と化して都に災いをもたらそうとしているとの迷信が語り継がれていた。


都では疱瘡が流行し、朝廷は僧侶たちに加持祈祷を行わせ、陰陽師たちにも疫病を鎮める儀式を行わせた。だが勢いが収まることはなく、陰陽寮でも多くの犠牲者が出た。晴明は心の内に、欠員の補充として陰陽寮の生徒になれるかもしれないという邪念が芽生えていることに気付いた。彼は自分を戒めた。晴明は特別な血が流れている自分より、周囲の人々のことを案じていた。やがてその懸念は現実となり、梨花が疱瘡に罹ってしまう。

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