第8話 遥かなる夢

▶時期:天慶六年(943)― 天慶八年(945)


晴明は、自分が未だ越えられずにいた男女の境界線を藤原師尹が簡単に渡っていくのを見て、身分の違いを痛感する。実際のところ、梨花は賀茂家の役に立つことなら何でもしようと覚悟を決めていたが、緊張しきっている梨花を見た師尹は彼女との関係を持つことをやめたのだ。だが、晴明がそのことを知るはずもなく、梨花が誤解を解こうとしても信じる者はいなかった。


正月の子の日に、晴明と梨花は若菜を摘みに北山へ出かけた。その時に医師である丹波康頼と知り合い、医学に興味をもつ梨花と康頼との交流が始まった。


陰陽寮に、新しい天文奏者として明経得業生十市部以忠が入った。彼の父がかつて天文道を学ぶ宣旨を下された縁によるものであった。陰陽寮に所属していない者が外から入ってくるのは、深刻な人材不足が原因であった。晴明は、天文道に詳しくなれば天文生になれると希望を抱くが、天文道と関わりのない保憲をよそに願いを叶えることはできなかった。


それでも晴明は諦めきれず、皆が寝静まった後、天文観測をするために屋根によじ登ろうとした。その時の物音で目が覚めた梨花は、何事かと思って御簾の外へ出た。このような時でも、彼女は扇で顔を隠しながら周囲の様子を伺っていた。ようやく晴明が屋根に上がろうとした時、均衡を崩して落下してしまう。だがその時、体から九つの尾が放たれて晴明を包み込んだ。ちょうど晴明の身に起きた異変を目にした梨花は、思わず手に持っていた扇をうち捨てて駆け寄った。この時、晴明と梨花は初めて互いの顔をはっきりと見た。二人は少しの間見つめ合っていたが、我に返って皆に気づかれないようにその場を離れた。


晴明は、自分の体に妖狐の血が流れていたことを不安に感じて眠れなくなる。彼は幼い頃に失踪した母は妖狐だったのだと思い至った。梨花は驚いたものの晴明の人柄を充分に理解していたので、今さら彼がどのような存在であろうと気にしなかった。晴明もまた、梨花の正体が何であれ彼女への想いは変わらないと思っていた。二人は身を寄せ合って一晩を過ごした。


晴明は、周囲の人々とは違う特別な力が自分に備わっていると気付いたものの、この力の使い道を教えられなかったので、思い通りに使いこなすことができなかった。彼の母が正体を明かさないまま姿を消したのは、晴明に普通の人間として生きていくことを望んでいたのかもしれなかったが、晴明は妖狐の力を自分の武器にすると決めた。

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