第6話 賀茂の娘

▶天慶五年(942)― 天慶六年(943)


晴明は賀茂忠行から梨花を娘として育てることを告げられた。表面上は、忠行は梨花に普通の娘として幸せになることを願っているように見えた。皆が驚き戸惑うなか、保憲はこの状況を受け入れ、妹として仲良くすることにした。晴明は梨花に姫君が備えるべき一般的な教養を教えるよう頼まれ、面倒なことになってしまったと感じながらも渋々引き受けた。


晴明は御簾越しに梨花へ日記を渡した。また記憶を失ってもこれまでの生活を振り返ることができるようにしたのだ。彼女は暦の吉凶によって多くの行動が制限されることに納得がいかない様子だったので、晴明はこの家で暮らしていくのなら都の風習に従わなければならないと諭した。


晴明と梨花の交流は、これまでと変わらず御簾を隔てて行われた。晴明は梨花に和歌や漢詩を教え、庚申の日は一晩中話し相手になった。彼女から外の景色を見たいと頼まれた晴明は、女房たちの手を借りて自分たちのいない間に外に出した。そうしているうちに、梨花は女房たちと打ち解けていった。


重陽の日に、晴明は梨花から日頃のお礼として菊の酒を渡された。その酒を飲むととても気持ちよくなったので、毎年この季節に飲むことにした。寝る前に晴明は体にちょっとした異変が起こっていることに気付いたが、酔っているせいだと思い直してそのまま眠りについた。翌朝、起床した晴明は体が元通りになっているのを確かめて、思い過ごしだったのだと安堵した。


梨花は自分が何者なのか知りたかったが、かつての記憶を思い出すことはできなかった。彼女は、賀茂家の娘として生きていこうと決意し、皆の役に立ちたいと考えていた。


年が明けて、上巳の祓の季節が訪れた。晴明は梨花に顔を隠すための市女笠を被らせた。梨花にとって初めての外出だったので、晴明は彼女の手を引いて河原に連れて行った。晴明と梨花が出逢ってから一年が経とうとしていた。互いに心を通わせていたが、二人とも奥手でなかなか気持ちを伝えられずにいた。


ちょうどその頃、保憲が暦得業生から陰陽師になることが決まった。陰陽寮において、得業生は博士になる前に陰陽師として実務経験を積むことが定められていた。陰陽師が出世するためには藤原氏に重用されることが一番の近道だったので、忠行は藤原忠平との縁を頼って、彼の息子である藤原師尹に保憲を仕えさせることにした。晴明は保憲が権力者に好かれるよう、誠心誠意支えていくことを誓った。

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