ミッション:2‐Aの青春を死守せよ~空気同然の陰キャが、実はクラスメイトを護衛する最強の殺し屋~

更科 転

伝説の殺し屋


 ――コードネーム≪アシュラ≫


 裏の社会に生きる者ならば、その名を知らぬ者はいない。


 鬼の仮面で素顔を隠し、狙った獲物は必ず殺すという伝説の殺し屋。

 ある者は身長三メートルを超える大柄だと噂し、またある者は腰の曲がった老人、小さな子供だと、まるで都市伝説のように酒の肴にする。


 しかし、誰ひとりとして彼あるいは彼女の正体を知る者はいない。

 なぜならば、アシュラに狙われて生き残った者などのだから……。



   × × ×



 ざわざわ、と賑やかな喧騒が昼休みの学食に満ち満ちていた。


 名門成鐘せいじょう学園――大財閥の子息令嬢や政界に強い影響力を持つ重鎮の子、芸能人の息子に世界的な有力者の娘などが多数通う由緒正しき伝統校である。


 さすがはボンボンが通う学園というだけあり学食もかなり豪華だ。だだっ広いフロアに有名店の支店がずらりと軒を連ね、フードコートのような体裁を成していた。


 周囲を見れば、仲良しグループでテーブルを囲む生徒でほとんどが埋まる中、僕は片隅のカウンター席で中庭が一望できるガラス張りの壁と向き合って黙々とカツ丼を頬張る。


 周囲の誰ひとりとして僕のことなんて気にしない。

 まるで空気同然。背景に紛れるモブAとしてそこに存在していた。お遊戯会の木の役なんてやらせたらなかなか良い仕事をするんじゃないだろうか。


 だが、それこそが僕の日常なのである。


 煌びやかな青春を謳歌する彼ら彼女らと僕とでは住む世界が違うのだ。


「――五十嵐いがらしくん、結構よくない?」

「えー、マジで言ってる? 五十嵐はないわー、ガキじゃん」

「いや、そこがいいんだって」


 ふと、近くのテーブル席に腰掛ける女子二人組の話し声が聞こえてきた。

 いわゆるガールズトークというヤツだろう。この学校に転入する前、ある人が女子の会話なんて男子が想像するほど穏やかなものじゃないと言っていたが、本当にその通りだ。


 僕はカツ丼をかき込みながらこっそりと聞き耳を立てる。

 人間観察は僕の唯一の趣味と言っていいだろう。


「アンタ誰でもいいんじゃん?」

「やめてよ、そんなわけないからー」

「じゃあ、あのメガネくんはー?」


 不意に見定めるような視線がこちらに向いたのを背中に感じる。

 ガラス越しに二人の様子は見えているが、気付かないふりをして水を喉に流し込んだ。

 僕の存在に気付くなんてなかなかやるじゃないか。


「……誰だっけ? たしか同じクラスだった……よね?」

「えーっと、から……カラサワ?」


 誰だカラサワ。僕は烏丸からすまだ、烏丸からすまろくだ。


 それにしたって、二年に進級するタイミングでこの学校に転入してもう一ヵ月ほどが経つというにのあまりにも周囲の認知度が低すぎる。

 まぁ、だからどうということもないのだが。

 二人組の女子生徒はチラチラと無遠慮な視線をこちらに寄越し、くすくすと肩を揺らす。


「てかさー、なにあの瓶底メガネ、ウケるんだけど。の●太じゃん」

「や、ハリー●ッターじゃん?」


 ひそひそと声を潜めたところで地獄耳を誇る僕には筒抜けである。


 僕は正面のガラスに反射する自分に視線を移す。

 どこにでもいるような平凡な男子高校生。平凡な髪型に平均的な背丈、特段目立った特徴はない。強いて特徴を挙げるとすれば、度の厚い丸眼鏡だろうか。


 そんなに変か、この眼鏡? 地味な男子高校生というのは総じて丸眼鏡を付けているものだとある人から聞いたのだが……。


 どうやら同年代の女子には不評らしい。

 今さら眼鏡を変えたらかえって悪目立ちする可能性があるから変えないけれど。

 僕は今の立ち位置に満足しているのだ。


 紙ナプキンで口を拭いながら、再び女子二人組の方へ聞き耳を立てると、すでに僕のことなんか忘れたかのように別の話題に移っていた。


「でもさ、やっぱ遊馬あすまくんだよねー」

「遊馬くんは殿堂入りじゃん? 勉強もスポーツも万能で、なにより顔面強すぎよ」

「ね、しかも誰にでも紳士的でマジ王子って感じ」

「ウチらじゃおこがましいレベルだよ。同じ空気吸えるだけでもラッキーだわ」


 遊馬あすま慧斗けいと――たしか親は大財閥遊馬グループの会長だったか。学内では成績優秀でスポーツ万能、強いリーダーシップを発揮してクラスのまとめ役的な一面もある。


 俗にいえば、ヒエラルキーのトップに君臨するリア充男子だ。

 天は二物を与えないという言葉があるが、嘘っぱちも甚だしい。


「逆に遊馬くんに吊り合うのって誰? 藤枝ふじえださんくらい?」

「まぁそうなるよね。美人で成績も学年一位だし、非の打ちどころがないって感じ」

「それに親がね、あの藤枝総――」


 と、その時だった。下世話な話に花を咲かせていた二人の声がピタリと止まった。


 気付けば、周囲の視線が二人のいるテーブルに一身に注がれている。注目が集まっていることに気が付いた二人は顔を強張らせながらその要因たる人物に視線を向けた。


 ――藤枝ふじえだ陽凪ひなぎ。今しがた彼女らが話題にしていた張本人。


 腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪、宝石のように輝く大きな瞳に処女雪のような白い肌。どこか大人びたような印象でありながら人懐っこい笑みを浮かべた彼女は手に持ったトレイにベジタリアンなランチを載せて二人のすぐ傍に立っていた。


「いま私のこと呼んだ?」

「え、あっ……う、うん。藤枝さんすごいよねーって話してて……」

「そ、そうそう。ウチらとは別の世界の住人っていうか……」

「えー、全然そんなことないって。あ、ここ座っていい?」

「う、うん。どーぞどーぞ」

「やった。というか、同じクラスなんだし陽凪でいいよ。私も名前で呼んでいい?」

「も、もちろんだよ!」


 藤枝陽凪の圧倒的な陽オーラに気圧される二人組。


 なかなか面白い状況になってきた。

 しかしながら、藤枝陽凪の近くは自然と視線が集まって非常に居心地が悪い。


 僕は席を立ちあがり、食器の返却口に向かおうとトレイを持ち上げた――


『――――』


 不意にジジィー……というノイズが耳朶を震わせる。

 耳に常時装着している小型発信機が電波を受信したのだ。


『――≪≫、仕事だ。東棟校舎に不審な三人組が侵入。直ちに制圧しろ』


 通信機から聞こえたのはの指令。


 食器を返却した僕は学食を後にし、廊下を進む。


 やがて周囲に誰もいないことを確認すると、評判の悪い眼鏡を外した。


「了解」



   × × ×



『――ターゲットは東棟から本校舎へと移動中』

「ターゲット視認済み」


 僕は本校舎の屋上から、東棟の廊下を移動する不審人物三人を目で追っていた。

 全身黒づくめの戦闘服に身を包み、顔を覆った越しについため息が漏れてしまう。


「まったく、この学校の警備システムはどうなってるんだ……」

『古い学校だからな。それに警備員も腑抜けた老人ばかりだ』

「僕にも少しは楽させてくれ……」


 視線の先には作業着を着用し、用務員に変装した三人の男が昼休みでひと気の少ない廊下を警戒しながら進んでいる。


『目的は本校舎二階の職員室だろう。恐らく身代金狙いのテロリストだ』

「なぜ職員室を? 身代金狙いなら生徒が集まりやすい場所を狙うはずじゃ?」


 この学校は金持ちの子供が数多く通う。身代金を狙うならその辺にいる生徒を手当たり次第人質に取れば済む話だ。しかし、そうしない理由は……。


『特定の生徒を目的にしているからだ。現在、職員室にがいる』

「なるほど。遊馬グループの息子か」


 詳しい話は分からないが、個人的な恨みで犯行に及ぶのはよくある話だ。

 まぁ、細かいことはヤツらに直接吐かせればいいだろう。


『約二分後、ターゲットが東棟から本校舎を繋ぐ渡り廊下に到達する。周囲に人の気配がない今がチャンスだ。速やかに仕留めろ』

「了解」


 返答の後、僕は柵を乗り越え、屋上から身を投げ出す――そして本校舎三階の窓枠に指をかけ、壁面に設えられたパイプを伝って最短で渡り廊下に到達した。


 L字に伸びる渡り廊下の角で身を屈めて待ち伏せしていると、ターゲットの靴音が微かに聞こえてくる。やがて作業着を着た三人組が周囲を警戒しながら渡り廊下に足を踏み入れた。


「おい、本当にこっちであってんだろうなァ」

「間違いねぇさ、ヤツの情報は絶対だ」

「わざわざこんなリスクしょってんだ、報酬は期待してるぜ」


 僕は完全に気配を消しながら相手の様子を窺う。

 そしてタイミングを見計らい、太もものホルスターからサブレッサー付きの拳銃を抜き取った拍子、不意に発信機が電波を受信した。


『アシュラ、くれぐれも殺すなよ』

「分かってるさ」


 次の瞬間――窓ガラスの反射に映ったターゲットを確認し、L字の角から拳銃だけを覗かせ、引き金を引く。


「――ぐあッ!」


 男の悲鳴。僕の放った弾丸が先頭を歩く男の足に被弾した。

 崩れ落ちるように倒れる先頭の男。


「あ、兄貴ッ! な、何が起きて……⁉」

「おめぇら敵襲だ、構えろ!」


 僕はターゲットの準備が整うより先に渡り廊下の角から飛び出した。


 鍛え抜いた脚力で地面を蹴り一瞬で距離を詰めると、先頭で倒れる男の背後で拳銃を構えた下っ端の腕の絡め取り、骨をへし折る。


 ゴキッ、という小気味の良い音ともに手から銃が落ちて丸腰になった男の鳩尾に拳をめり込ませ、拳銃の柄を頸動脈に叩きつけて一人目を無力化。


 次いで、もう一人の男の肩を狙い撃ち、その衝撃で床に落ちた拳銃にも発砲。拳銃が床を滑り、素手で殴りかかってきた男の腹部に二発。二人目を無力化。


 残るは最初に脚を撃った男だけ。


「て、てめぇ殺しやがったなッ! よくも弟たちを……‼」

「…………」


 床に倒れ込みながら拳銃を構える男だったが、不意にその動きが止まる。

 男は目を瞠り、途端に構えた拳銃が震えて照準が定まっていない。


「そ、その鬼の仮面……まさかてめぇ、あの阿修羅アシュラなのか……?」


 男の手から拳銃が落ちる。

 ついぞ、男は頭を抱えて蹲った。


「な、なんで阿修羅がこんなとこにいやがんだ! た、助けてくれぇ……ま、まだ死にたくねぇよおおおおおお‼」

「……安心しろよ、


 言って、僕は男の頭を撃ち抜いた。

 どさり、と男が倒れ伏せる。三人目を無力化。


 全員を仕留めたことを確認すると、僕は耳に装着した通信機に触れる。


「――制圧完了」

『ご苦労。すぐに隠蔽班を向かわせる。お前も通常任務に戻れ』

「了解」


 報告を終えると、僕は渡り廊下に倒れる三人を見下ろし、サブレッサー付きの拳銃をくるりと回しながらホルスターに収める。


「こんな玩具オモチャでうっかり殺すようなヘマはしないよ」


 まぁ玩具というと多少語弊はあるが、要は殺傷力の低い特殊な銃である。

 そのため近接戦闘を余儀なくされるのが難儀なものだが、ボスから「殺すな」と指示されている以上仕方あるまい。


 さて、と僕は踵を返す。


 通常任務に戻るとしよう。

 クラスメイトの護衛に――。



   × × ×



 クラスでは空気同然の陰キャ男子――烏丸禄にはがある。


 彼の本当の顔は、政府お抱えの暗殺組織【ペルソナ】に所属するエージェント。

 裏社会の人間ならば誰もがその名を知り、誰もが恐れる伝説の殺し屋である――。

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