第3話
そして発表会当日がきた。
俺は朝から不安でいっぱいだった。というのも、玉枝先生が、男性ダンサーの不足を補うために、知り合いのプロのダンサーを一人呼んだからだ。玉枝先生のパートナーのダンサーだった。俺はプロの踊りなんてまだ見たことはない。バレエをやっていると言っても、サークル変わりに入ってただけだから、曲に合わせて踊る、くらいの認識しかない。プロはどんな踊りなんだろう。と思うと同時に俺の踊りはみせたくないな、と思った。
化粧をして、衣装に着替える。上着の衣装はえんじ色に白いラインが袖と襟についていて、白いボタンが印象的なものだった。でもなんでバレエの下の衣装って、タイツなんだろう。前をかくすものが余計そこを強調させている気がするのは俺だけか?
事前に着て寸法直しをしたものだが、これで舞台に立つのも少し恥ずかしかった。
が出番はどんどんやってくる。俺は舞台の袖でまり江さんに会釈した。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
と緊張した面持ちで答えてくれた。
緊張しているのはまり江さんも同じだった。
今は八人で花のワルツを踊っている。
次は俺たちの番だ。
曲が変わる。何か、スイッチが入ったように体が動いた。
証明のまぶしさ、客席から感じる視線、みんなが俺たちを見ている。俺たちの踊りを見ている。そのとき、いままで思いもしなかった事がつぎつぎと頭に流れ込んできた。
まり江さんが、もっと綺麗に見えるように、
俺がもっと勇敢にまり江さんをリードしているように見えるように、
全神経が、踊りへと集中していった。
まり江さんの手を取る。もっと優雅に見えるように、手の角度はこれでいいのか? まり江さんは俺のリードで踊りづらくないか?
もっと確認しておけばよかった。
いままで何を練習してきたんだろう。舞台に立って、最高の自分を見せようとすると、今までの練習がなんていいかげんだったか、分かった。
曲が終わった。
俺はまり江さんの手を取ると、前へうながして、一緒に客席へ礼をする。観客席からぱらぱらと拍手が起こった。
またまり江さんの手をとり、袖に引く。
そこで俺は痛烈な一言を浴びせられた。
「お前、なんでバレエ踊ってるの」
聞いたことのない、男の声だった。聞き間違いだと思った。
ぎこちなく振り向くと、それは、玉枝先生のパートナーの男性ダンサーだった。
確か、桑原大地という、プロのバレリーナだ。
「なんでって……」
「まあ、いいけどね」
桑原大地はすっと楽屋へ引っ込んでしまった。
俺たちの踊りを見ていた?
そして、出された質問に、俺は答える事ができなかった。
としゆきさんと弓子さんのパ・ド・ドゥ、も練習でみた通り、素晴らしかった。やはりこの二人は違う。上手い。弓子さんは年季も入っているが、としゆきさんもそれにひけを取らない。
綺麗に回るピルエット三回転、としゆきさんはプロがよく踊るマネージュという大技も披露してくれた。音楽にのって二人が舞うようすは、息が合っていて、見ていて気持ちがよかった。
それにしてもさっき桑原大地に言われた一言が胸にささっている。
「なんで踊ってるのか」
じゃあ、お前はなんで踊ってるんだ、と桑原大地に聞いてみたかった。
なんだか猛烈にくやしい。どうあがいたって、プロの桑原大地には勝てない。けれど、俺の踊りを見やがれ、と奴隷アリの踊りは全力で踊った。俺は舞台にたつと、何かスイッチが入って一心不乱になる。踊りだけに集中するのだ。下手ではあるが。踊り終わった後、桑原大地の冷笑が、目に浮かんだ。けれど、舞台そでには、桑原大地の姿はなかった。
自分の出番が全部終わったので、俺は玉枝先生の踊りを見るために客席についた。衣装は脱いだが、化粧はそのままだったので、かなり変な格好だ。だが、みんなそういう格好なので気にしない。
玉枝先生の踊りはみたいが、桑原大地の踊りは見たくなかった。さっき言われた事を思い出してしまうから。でもしょうがない。桑原大地は玉枝先生のパートナーなのだから。
ロマンティックな音楽がかかる。
登場シーンから、プロの二人は他の生徒たちとは違う。二人がなにかささやきあうようにして近づき、そして回転して離れる。甘い愛の囁きが聞こえるような、プロのバレエは「演技」だった。
思いが通じ合った二人は激しく、踊りだす。難しいリフト、下へおろして、またあげて、玉枝先生は空を飛んでいるようだ。
二人のからみが終わると、桑原大地の見せ場のシーンだった。いき良いよく回る、ピルエット、高く飛びながら舞台を一周するマネージュ、そのどれをとっても、としゆきさんとはくらべものにならない。悔しいけど、目が離せない。やっぱりプロだ。
くそ。くやしい。俺だって、そこそこ練習してきたのに。
そこそこ。だからか? だから悔しいのか? もっと練習していればよかったんだ。
完璧な踊りを見せる桑原大地にも腹がたったが、いいかげんに練習して、発表会に出た自分にも腹がたった。なんの為の発表会だ。
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