07-08: 空想を現実に――。
しかし、私は納得行かない。
「ヴェーラとネーミア提督が同一人物であるとは思えないのですが……。声の質も全く違いますし」
『それは火災の時の後遺症です。髪も、顔も、ね。身体さえ、元のヴェーラのものは半分も残っていない』
「カワセ大佐、その」
レニーが少し身を乗り出した。
「マリーたちはまだ半年です。まだこの子たちは」
『マリー、アルマ、レオナ。そしてレニー。あなたたちは今ならまだ引き返すことができます。セイレネスの本当の姿を知る前のあなたたちなら』
本当の姿?
『士官学校を退学し、一人の国民に戻り、客観的な立場で戦場を眺める――それもあなたたちの選択です』
「大佐」
アルマが低い声を発した。聞いたことがないほど重たい声だった。
「それは力を持つあたしたちにとっては、あまりにも容認できない表現です」
「ア、アルマ……」
私はこっそり声をかけたが、アルマはまるっと無視した。
「あたしたちがやめられないこと。いえ、やめようとなんてしないこと。それは大佐なら確実にご存知のはずです。それにも関わらず、あたかもあたしたちに選択権があるように見せかけようとするのは、それは大人の文法です。ヴェーラやレベッカが背負っていたものを、あたしたちが理解できないとでも思われているのでしょうか、大佐」
『……そうね、確かに大人の文法ね。悪かったわ、アルマ。あなたたちに向けるべき言葉ではなかったわ』
カワセ大佐はそこで少しの間、横を見た。誰かがそばにいるようだ。
『ではお詫びに、と言っては
その問いに、私は頷いた。私の手を握るレオナの手に少し力が加わった。
『アーシュオンの非人道的行為。その発端となったのは私たちヤーグベルテにあります。開発途上のセイレネスの技術がどこからかアーシュオンに流出し、その結果、八都市空襲などという悲劇が起きた。そしてその技術により、アーシュオンの罪なき子どもたちが悲惨な立場に立たされている。何十人かの特攻部隊の影には、何百何千という犠牲者がいる。それをもたらしたのが
「それは!」
レニーが大きな声を出した。カワセ大佐は頷く。
「それは、セイレネスを使って、ですか」
『イエス。セイレネスを用いて、です』
どういう意味? 私はレオナにこっそりと
「国民が求めるからだよ、マリー」
『その通りよ、レオナ』
カワセ大佐は教師のようにそう言った。
『
「ま、待ってください。大佐」
慌ててそう言ったのは私だった。心臓がバクバク言っている。
「そ、その後は。その後はどうなるんです。セイレネスで平和を、セイレネスで可哀想な子たちをもう生み出させなくする。それは悪くはないかも知れません。けど、その後、人々はどうなりますか。セイレネスの
『ノー』
カワセ大佐は短く否定した。
『――しかし、たとえそうであったとしても、私たちはそうなるように努力しなくてはなりません。アーシュオン本土に核を落とすことになろうとも、ね』
「それは、それは……」
できません、と言って良いのか。ちゃんと言うべきなのか。私の脳はオーバーヒート寸前だった。画面の中からカワセ大佐が暗黒の瞳で私を凝視している。
『マリー、あなたは誰かに死ねと命じることはできますか』
「できません」
即答だった。考えるより先にそう答えていた。
『ならば、どうしますか、マリー。限られた人間だけが犠牲となって戦い続ける
「それでは、ヴェーラたちと同じでは」
『イエス。ではどうしますか』
私はじっとカワセ大佐の目を見据えた。私にそんな度胸なんてないかと思っていたけど、何故か不思議と大佐のその宇宙の果てのような色の瞳をまっすぐに見ることができた。
「私は、戦争を終わらせたいんです」
私みたいな境遇の子たちをこれ以上増やしたくない。私の意志はその一心だった。戦争の善悪の問題じゃない。戦争の是非の話でもない。戦争によって傷つく人をこれ以上増やしたくない――私の正義とはその程度のものだった。
戦争に意味を求めること。大切な人の死に意義を求めること。そんな虚しい想いを
そして私たち
カワセ大佐はしばらくの沈黙の末に頷いた。
『残念ながら、あなたたちが国家のお荷物になれる日は、まだまだ来ません』
でも、と、カワセ大佐は続けた。
『ヴェーラやレベッカにうまくできなかったからと言って、あなたたちもできないとは限りません。あなたたちは、ヴェーラの死を無駄にせぬよう。私はそれを強く望みます』
カワセ大佐は一瞬だけ微笑みを見せた。
『ところで、アルマ?』
「は、はい」
『クリア、おめでとう』
「えっ?」
『お見通しよ。あなたのアカウントが最終ステージをクリアしたって連絡があったから、この時間にこうして
「まいったな」
アルマは頭を掻いてから肩を
「あれは本物の映像ってことで、いいんですよね?」
『もちろんよ。ヴェーラがあの映像だけは絶対に使えと言ってきて。押し切られたの』
カワセ大佐はまた隣を見た。
『ヴェーラと話をすることはもうできないけど、イザ……ネーミア提督も喜んでいたわ。やっぱりか、ってね』
「やっぱり?」
私たちの言葉が揃う。
『そう、やっぱり。アルマの積み上げたスコアを見たら誰もが納得するでしょう? リズムのアルマ、音感のマリーという評価も、みんな知ってることですしね。今年の
ともかく、と、カワセ大佐は咳払いをした。
『あなたたちの反応を見て安心しました。戦争のない世界。少なくともアーシュオンとの戦いが終わった世界。その空想が現実のものにできるように、
そう言って、カワセ大佐は
「ふぃー、緊張した」
アルマが猫のように伸びをする。私も身体がバキバキだ。
空想が、現実に、か。
私は天井を見上げ、そして直ぐ側にあるレオナの顔を見た。
「どうしたらいいんだろう」
「
「え?」
「ヴェーラが命を賭けて時代を動かしたってこと」
「ん?」
全然わかってない私だ。
「命に
「レオナ……?」
がくり、と、レオナは力尽きたように私に体重を預けてきた。
「レオナ!?」
「ごめん、限界」
レオナは
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