07-07: 秘密の暴露

 そこからはまた、圧巻の一言だった。ヴェーラの透き通るような歌声に、私たちは震えた。アカペラであるにも関わらず、それはさも、それが当然であるかのような響きを持っていた。カメラを持つメラルティン大佐に向けて、そしてカメラの向こうの私たちに向けて、それは歌われていた。


 この動画自体、AIによる生成の可能性もなくはない。そんなことは実に簡単だ。


 だけど私は、これはそんなものではないと確信を持っていた。この歌声は、いくらAIたちが頑張っても乗せられない魂のようなものがあった。音程やクセの真似ならAIでいくらでもできる。だけど、体温までは乗せられない。


 不意に私の視界が歪む。涙が邪魔をする。


 歌声、ただそれだけで、私は胸を打たれていた。何も足されていない、ただひとつの歌声に。唯一無二の人の、唯一無二の歌声に。


 私にもたれかかるレオナを見ると、彼女の目尻にも涙があった。


 映像の中では歌い終わったヴェーラが静かに一礼していた。


『わたしの舞台はこれでおしまい。楽しんでもらえたかな?』


 その後ろではレベッカとカワセ大佐が小さく拍手をしていた。ホームパーティの一コマのような景色に、私の胸はますます熱くなる。知られざるプライベートを垣間かいま見て、私はヴェーラたちとの距離が近くなったのを感じた。


 だからこそ、つらかった。


「もうヴェーラには会えないんだよな」


 アルマがココアを飲みながら呟いた。


「あたし、小さい頃にヴェーラに会ったことがあるんだ」

「えっ?」

「施設に慰問に来たんだ。八歳の時だったかな。すごかったなぁ」

「なんてうらやましい」


 私の素直な感想に、アルマは笑う。


 プライベートライヴの映像が、ゆっくりと消えていく。映像が消えた立体映像投影装置テレビの方を向いたまま、レニーが呟いた。


「みんなに愛されてたのね、ヴェーラは」

「カワセ大佐のあんな顔みたことない」


 アルマの言葉に全員が頷く。というか、よくこの動画を限定とはいえ公開するのを許可したな、カワセ大佐……というのが私の感想だ。私は首を振る。


「でも、だったらどうして、をしたんだろう」

「愛してたからよ」


 レニーが抽象的なことを言った。私にはその答えの意味が理解できない。


「でも、死んじゃったら意味ないじゃない」


 私の言葉に、レニーは答えてくれない。私はなおも、沈黙を汚す。


「愛する人たちが哀しむだけじゃない」

「そうとわかっていても、ヴェーラにはしなければならないことがあったのよ、きっと」


 意味が理解できなかった。私はレオナの少し気怠けだるそうな顔を見る。レオナの瞳は私を見つめていた。ずっとそうしてくれていたに違いなかった。


 レニーはしばらく沈黙していて、そして私をまっすぐに見た。何かを言おうとしているかのようなそのタイミングで、レニーの携帯端末モバイルが着信をしらせた。


 レニーは服装を正すと、映像通話ビジョンを開始する。携帯端末モバイルの上に浮かび上がったのは、カワセ大佐の上半身だった。私たちも一斉に姿勢を整える。


『疲れているでしょう。こんな深夜にごめんなさい』


 カワセ大佐は穏やかな口調で言った。


『もっと楽にしてくれていいわ。私もオフタイムだから。マリーたちも、楽にして』


 カワセ大佐からは私たちも見えている。


『レオナもやっぱりここにいたわね』

「やっぱり、とは……?」


 私がくと、カワセ大佐は小さく笑った。大佐らしからぬ可愛らしい笑顔だった。


『あなたとレオナが付き合っていることは参謀部全員が知っているわ。もちろん、ハーディ中佐もね』

「えっ……!?」


 目を丸くする私を見て、はす向かいに座っていたアルマが吹き出した。


『もちろん、参謀部としてはそれで貴方たちのポテンシャルが高まるというのなら歓迎よ。人を愛することもまた、セイレネスには不可欠な要素かもしれませんしね。悪いとは思うけど、あなたたちのその関係性もまた、参謀部としてはうまく利用させてもらいます』

「は、はい。それは、はい」


 なんか妙な返事をしてしまう私だ。


『今日の本題はそれではなくて』


 カワセ大佐は小さく咳払いをすると、映像に見慣れない形の潜水艦を表示させた。


「これって」


 私がレニーを見ながら尋ねた。


「ナイアーラトテップの新型、ですか?」

「クラーケンですね」

『そうです、レニー。改良I型・クラーケン。トリーネの命を奪ったナイアーラトテップクラゲよ』


 槍の穂先のような特徴的な形をした潜水艦だった。亜音速魚雷SSTを超える移動速度を誇る恐るべき自爆兵器だ。


『あなたたちは、このクラーケンに何を感じましたか』

です」


 私とアルマの声が重なった。瞬間的なそのリプライに、カワセ大佐は厳しい表情で頷く。


『さすがね。その通り。アーシュオンの技術ではまだにはならない』

「大佐、まさか」


 アルマは私とレニーを順に見て、また大佐の映像の方に視線を戻した。


「クラーケンは、だと、そうおっしゃいますか」

『イエス』


 カワセ大佐は頷いた。


『あれは、ナイアーラトテップというよりは、インスマウスと言ったほうが正確よ。あなたたちも気付いているでしょうけれど。特殊航空兵器ナイトゴーント以外の超兵器オーパーツには、おしなべてアーシュオンの歌姫セイレーン、すなわち素質者ショゴスが乗せられていることが確定しました』

「それは、トリーネ先輩の」

『イエス、レニー。彼女が命がけで採取サンプリングしたにより、八都市空襲の時のインスマウスと、今回のこのクラーケンの搭載しているセイレネスが同一のものだとわかったということです』

「であれば、そもそもインスマウス自体が特攻兵器だったという……」


 レニーの絶望的な声に、私たちは唾を飲む。


『そうです。アーシュオンは素質者ショゴスを使い捨てにできる理由があります』


 カワセ大佐はそしてゆっくり二拍分の時間を置いた。


『この事項はアーメリング提督、ネーミア提督と協議した結果、あなたたちには開示する必要があると判断されました。ハンナやロラ、パティにはこのあと共有しますが』


 突然重たくなった空気に、私たちは緊張する。


『アーシュオンは、私たちの言うC級歌姫クワイアのレベルに達さない者でも、素質者ショゴスとして動員しています』

C級歌姫クワイア未満でセイレネスを起動できる、と?」


 レニーが背筋を伸ばしたまま尋ねた。カワセ大佐は頷く。


『そのままなら、起動すらできません。、なら』

「ど、どういう意味でしょうか」


 私の問いに、カワセ大佐は眉根を寄せた。


『アーシュオンの戦略のもとでは、倫理よりも勝利が優先されるのです』

「それは……つまり」


 レニーが代表して口を開く。カワセ大佐はまた間を置き、その深淵の瞳で私たちを見回した。


『改造です』

「か、改造!?」


 私たちの間でさざなみが生まれる。


『脳を外科的に改造し、セイレネスを起動できるところまで持っていくということです。本人の意志の確認などはされることはないでしょう』

「そんな――」


 私たちの誰かがそう言った。私かも知れない。


『現在のは93.3パーセントだそうです』

「なんていう」


 私の言葉が終わらないうちに、カワセ大佐は続ける。


『しかも廃棄者もそのほとんど全てがで再利用されているという情報も入手しました。特殊航空兵器ナイトゴーントのような無人航空機UAVにも、その子たちの組織が使われているそうです。ナイトゴーントがセイレネス搭載機であることは判明わかっていましたが、乗っていたのはだったというわけです』

「その情報の確度は」

『いい質問です、レニー。そして残念ながら、この結論に関しては今後変わることはないでしょう』


 しかし、と、カワセ大佐は深刻な表情で告げる。


『この事実を我々は公表する予定はありません。我が国ヤーグベルテの国民に、これ以上の燃料を投下する必要はないと政府も判断しています』

「しかし、大佐。公表することで私たちの戦いの大義名分も強化されるのでは」


 レニーはきっと反歌姫連盟ASAのことを意識したのだろう。しかし大佐は首を振った。


『レニー、アーシュオンに再び核を落とそう、とでも?』

「い、いいえ……」

「確かに」


 アルマが乾いた声を発した。


「そんなことが明るみになってしまったら、いよいよアーシュオンを滅ぼしてしまえってなるか。かつてヴェーラたちがさせられたみたいに、アーシュオン本土無差別攻撃なんて悪夢もよみがえるかもしれない」


 あれは土壇場でレベッカやヴェーラたちが核ミサイルの非核化をしたとはいえ、それでも百万人規模で死傷者を生んだ攻撃だった。抵抗もできない一般市民に、ヴェーラたちはセイレネスの力を向けさせられたのだ。


『さて、この時間に連絡したのは、ちょっとした私の気の迷いなのよ』


 カワセ大佐は軍服の胸元を少し緩めた。


『数年のうちにあなたたちも最前線に立つ。ですから、今のうちに、一つ大きな暴露をしましょう』

「た、大佐、それは」


 レニーが慌てたように言った。が。カワセ大佐は目を細めて首を振った。


『良いのです、レニー。これはイザベラとレベッカ、二人の意志です』

「そ、そうなのですか」

 

 レニーは息を吐きながら小さな声で言う。


『あなた一人に秘密を抱えさせることになってしまっていて申し訳なかったわ』


 カワセ大佐の言葉に、レニーは両手で顔を覆った。


 しばらくの沈黙の末に、カワセ大佐は言った。


『ヴェーラとイザベラは、です』


 冷静に告げられたその言葉に、私たちは顔を見合わせた。

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