07-06: セルフィッシュ・スタンドと映像特典

 断末魔、私たち歌姫セイレーンにとっての最後の


 普段の戦闘時の音源なんかとは比べ物にならないくらいの強烈な陶酔トランス効果があるらしい。そのため、歌姫セイレーンの誰かがと、すぐにそのは市場に出回る。軍のAIや監視班がそれを削除して回るため、逆にプレミアが付いて価値が跳ね上がる。それは麻薬のようなものなのだと、士官学校の講義で聞いた。


 それはつまり、私たちのを歓迎する人たちがいるということだ。


「許せない」


 私は呟いていた。


「トリーネたちの命を何だと思ってるの」

「消費アイテムさ」


 アルマが冷めた声で答えた。ゾッとするほどにてついたその声のおかげで、私は幾分か冷静になれた気がする。


「誰も当事者であろうとなんてしないんだ。誰かが必死にやってるその姿に群がりながらもはすに見て、いざとなれば距離を取る。危ないところは避けて、美味しいところだけ持っていこうって考えてるのさ」

「でも、当事者にならなきゃわからないこともたくさんあるし、誰も当事者になりたくないって気持ちは理解できるつもりだよ」


 私はそう言った。私だって八都市空襲がなければ、ごく普通の家庭のごく普通の娘としてごく普通の学校生活を送っていたに違いないのだ。戦争中であろうと、なかろうと。


 いつの間にかレニーが私の前に立っていた。ココアを入れてきてくれたのだ。


「マリーは、自分が断末魔でたのしんでいたって思う?」

「思わない」

「アルマは?」

「思うわけがない」

「そうよね」


 レニーは頷き、またキッチンへと向かった。


「多くの人はきっとそうよ。見も知らぬ私たちが死ぬことで、悲しんでくれる人はきっといる。に眉をひそめる人もきっといる」


 そしてアルマのと自分の分のココアを入れて戻ってきた。


「あんまり悪意に目を向けないで」

「う、うん」


 素直に頷くアルマ。レニーはアルマの頭を撫でながら言う。


「悪意の声は大きいし、目立つの。だから悪意が世論になることも確かにある。それに晒されてうんざりしてしまうこともある。だけど、その影にはもっともっと多くの、私たちを支えてくれる人たちの善意があるのよ」


 レニーは「私も広報ステージやってて酷く叩かれるもの」と付け足して苦笑する。


「信じられない悪意を向けられることだってたくさんあるし、けど、そのたびに多くの人が私を守ってくれてるってことも実感する。最初はそうじゃなかったけどね。でも、ハンナ先輩や、ロラやパティが支えてくれたから」

「レニーは太陽みたいな人だよねぇ」


 アルマは悪意なくそう言った。レニーは「そうかしら」と首をかしげる。


「分け隔てないっていうかさ、何にも負けないっていうかさ」

「そんなことないよ」


 レニーは笑ってからアルマの隣に落ち着き、ココアに口をつける。


「ただ、そう信じてないと負けちゃいそうだから。触れてきた人々の善意を忘れちゃいそうになるから、なんだろうね」

「忘れちゃう、か」 


 アルマは険しい表情で繰り返す。


 記者会見はあの後いくつかのやりとりをて終了していた。番組も何やら難しげな討論番組に切り替わっていた。アルマは立体映像投影装置テレビの電源を切り、伸びをしてから携帯端末モバイルを取り出した。


ANアレやるわ。今最後のステージなんだ」

「え、もう?」


 確か二日前に五つの超難度のステージが追加されたとか言っていた気がする。


「ちょうどチャレンジトークンも回復したし、いっちょ初見での最速クリア行ってみよう」

「初見でクリアするつもりなの?」

「この難度はさすがに厳しいけど、このアルマ様に不可能はない。なにしろ、あのセルフィッシュ・スタンドだからね。満を持しての登場さ」


 え、それは期待が高まる。セルフィッシュ・スタンドはヴェーラのとなった歌だ。かつてヴェーラは敵国の戦闘機乗りに恋をした。しかし、その想いは国によって破られ、結果、相手は母国で処刑されてしまった。――というどこまでが真実なのか分からない噂があった。その時の思慕と無念が結実したものが、「セルフィッシュ・スタンド」なのだ。


 お披露目ひろめの時のヴェーラのステージパフォーマンスも圧巻で、多くの人が涙した。……その後、ヴェーラは自らの死を選んでしまうのだけど。


立体映像投影装置テレビと連結するよ。この前実装されたのは、どれもムービーがすごいんだ」

「うん、楽しみ」


 私とレニーは姿勢を正した。レオナもむくりと起き上がった。


「レオナ?」

「なんか調子よくなった」


 レオナは携帯端末モバイルかざして体温を測る。


「やったぜ、三十七度九分!」

「高熱じゃん……」

「せっかくだからアルマの一曲を見させてもらうよ」


 レオナは私に密着するようにもたれかかると、手を握ってきた。その手がすごく熱い。


「じゃ、いくぜ!」


 アルマは両腕をまくる動作をして、携帯端末モバイルを操作した。


「わ、始まった」

「集中させてな」


 アルマがピシャリと言ったので、私たちは頑張って口を閉じた。


 立体映像投影装置テレビにヴェーラの姿が現れた。まるで目の前にいるかのような、超高解像度だった。


 これ、お披露目ライヴの映像?


 いや、違う。同じステージだけど、こんなに近くにカメラがあったとは思えない。ということは、同日の別撮り、リハーサルか何かの時の映像だ。


 カメラはヴェーラの周囲をぐるりと回り、また正面に戻った。


『セルフィッシュ・スタンド。わたしとわたしの大切な人たちの力で作られた歌だよ』


 ヴェーラが喋った。


『これを見ている人たち。きっとすごいゲームが得意なんだろうね。ここまで来られたことを本当に祝福するよ。このゲームでは最後の歌になるけれど、ついてきてくれると嬉しいよ』


 穏やかな表情と声。そしてというフレーズで私の涙腺は決壊だ。そんな私の頭をレオナが抱いてくれる。


 次の瞬間だ。


 アルマが動いた。携帯端末モバイルの上方に浮かび上がった数々の記号を(たぶん)的確な動きでさばいていく。


 まるでアップテンポのダンスを踊っているかのような動きだ。しかもその表情は心から楽しんでいるようだ。両手の指だけでは追いつかず、肘や手首まで使って飛来する記号を攻略していく。


 すごい、と、私たちは口の動きだけで語り合う。


 立体映像投影装置テレビの方には、何とレベッカが登場していた。ヴェーラのメロディを支える低音域を華麗に歌い上げている。


「なんて美しいんだ」


 レオナがうっとりとした顔で呟いた。二人はソロ曲が多いけど、こうしてデュオになると、そのハーモニーによりもはや至高の歌になる。


 セルフィッシュ・スタンドのサビに突入すると、アルマの動きに一層磨きがかかった。完全に譜面が頭に入っているとしか思えない。しかも細かいアレンジがいくつも入っていて、それらにもアルマは初見で対応している。人間わざとは思えない。


 歌は続く。優しくも悲しい歌だ。


 アルマの動きはその雰囲気を壊さない。まるでそういうでもあるかのようだ。


「ヴェーラ派だからさ」


 アルマは踊りながらそう言った。


「あとちょっと」


 大サビだ。このままどこまでも上がっていって突然終わるのだ。


 アルマのそばに表示されているスコアは、EXCELLENTしかなかった。私なんてEASYでもこんなことはできない。私がアルマに勝てるのは音感がちょびっとだけだ。リズム感では子どもと大人以上の差がある。いや、私だってレベッカの曲は全曲記憶しているし歌えもする。そこまで壊滅的なリズム感じゃないはずだ、と思いたい。


「フィニッシュ!」


 アルマが最後の一つを叩き落とした。無論、EXCELLENTだ。


 映像が切り替わる。


『おめでとう』


 立体映像投影装置テレビの中はどこかの家のリビングになっていた。そのソファに白いドレスのヴェーラが座っている。白金の髪プラチナブロンドが窓からの光を受けて、本当に輝いていた。


「ゲームは終わったの、アルマ」

「うん。これは、映像特典だなぁ」


 アルマはレニーの隣に腰を落ち着けて、映像に見入った。


『きみが一番だよ。この映像は一ユーザーにしかダウンロードできないからね』

「まじか!」


 アルマが興奮したように前のめりになった。


『正直、この難度はクリア者が出るとは思えないんだよね。ベッキー?』

『そうよねぇ』


 カメラが揺れる。おそらくレベッカがカメラを持っているのだ。


『ベッキーはクリアできた?』

『無理無理。あんなの無理よ。全身使っても無理』

『でもねぇ、出る気がするんだよ、超スピードでクリアする子』


 そこでヴェーラは画面に向かって手を振った。カメラ映像が乱れたかと思うと、腕を上方に掲げたレベッカが映った。ライヴで見せる笑みとは違う、もっと自然な微笑が浮かんでいた。そして何より美しかった。レベッカ派の私としては、絶対に目を離せない。


 レベッカはヴェーラの方ににじりり、言った。


『でもそれって奇跡みたいなものよね』

『難しいけど、起きるから奇跡なんだ』

『哲学ね』

『人が古来からすがってきたのは哲学さ』


 ヴェーラはレベッカからカメラを取り上げてぐるりと回した。


『ね、姉様、私は』


 そこにいて狼狽うろたえていたのはカワセ大佐だった。見たことがないカワセ大佐がそこにいた。その隣にはメラルティン大佐が腕を組んで立っていた。が、メディアで見るような鋭い表情はしておらず、「やれやれ」とでも言いたそうな顔をしていた。


「いい映像……」


 レニーが頬杖を付きながらうっとりと言う。私も同意だった。


『マリアもこっちにおいでよ』

『いえ、姉様、私は』

『映っとけよ、マリア』


 メラルティン大佐がカワセ大佐の手を引いて、ヴェーラたちの待つソファのところまで連れて行く。


『わたしたちが一緒に笑ってる姿をね、残しておきたいんだよ』


 ヴェーラはそう言って小さくピースサインを出した。カメラを受け取ったメラルティン大佐が『もっとくっつけ、お前たち』と指示を出し、ヴェーラは右にカワセ大佐、左にレベッカを抱き寄せた。


『じゃぁ、ヴェーラ。ゲームの一等賞にメッセージをどうぞ』


 メラルティン大佐らしからぬおどけた調子の合図キューを受けて、ヴェーラは破顔する。どこまで行っても美しい顔だった。


『きみには素晴らしい才能があるよ。きっといつか、わたしたちを支えてくれる人になるって、わたしは知ってるよ。もしかすると歌姫セイレーンかもしれないね。とにかく、わたしたちはきみを待ってるよ。そうだ。このゲームをクリアしたら、マリアの所に行って欲しい。きっとマリアが気の利いたことを言ってくれるよ』

『姉様、そんな勝手なこと。姉様の所にいけばいいじゃないですか』

『きみがうまく取り計らえばいいでしょ、マリア』

『それは、そうですが』


 あのカワセ大佐が言い負かされている。


『じゃ、決まり。そういうことで』


 ヴェーラはそうして、ゆっくりと立ち上がった。


『ベッキー、手伝って』

『え、うん? あ、うん』


 レベッカはヴェーラを見上げながら頷いた。


『それじゃ、きみのために、特別に一曲歌うよ』


 ヴェーラは厳かな口調でそう言い、私たちを見回した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る