07-05: ディケンズという記者

 ハーディ中佐は記者たちをにらえる。今日のネットは大荒れになりそうだ。


『責務。そう、確かに責務でしょう。それが我々の仕事です。なれど、アーメリング提督も、グリエール提督も、何の痛みもなしに戦っていたのだとお考えか。その手でいったい何万、何十万と殺させてきたのか。我々、軍が不甲斐なかったことは認めましょう。無力にして無策であったというそしりを否定することは到底できません。しかし、貴方達メディアの人間もまた、提督方に何をしてきた! ひたすら、国家のためにと殺し続けてきたあの子――失礼、あの方たちに、いったい何を言ってきたのか!』


 全く無表情なのに、ハーディ中佐の声には強烈な怒りの力が乗っていた。


『ヴェーラ・グリエールが命を絶った原因がどこにあるのか。貴方たちは一度でも自省したのか。なればいかような結論となったのか。それを今、カメラの前で総括できるのか。できるのであれば、いくらでも私に向かって石を投げることができましょう』


 沈黙だ。


 痛いくらいの沈黙が、ヒソヒソとうごめいている。しかしその悪意のとげさらされてもなお、ハーディ中佐のてついた鉄の表情は崩れない。


『提督方は、新しい時代の戦い方にシフトすることを決めた。作戦参謀長カワセ大佐と共に、アーメリング、ネーミア両提督が決めたことです』

『しかし、あの戦い方では多くの人命が――』

『それが、なにか?』


 ごくり、と、誰かが唾を飲み込んだ。私かもしれない。


 立体映像投影装置テレビの中では別の記者がまた手を挙げていた。


『一期生はまだ新米ではないですか。にもかかわらず――』

『彼女らは正規の訓練を経た、立派な軍人です。戦う以上、死もあるでしょう。私たちが行っているのはではありません。国民の命を守るために、自らの命を賭けて戦っているのです』

『しかし、以前はヴェーラとレベッカ、両提督だけで行えていたでは』

『新しい時代の戦い方、と、申し上げましたが?』


 ハーディ中佐は眼鏡の位置を直した。そこで記者の一人が立ち上がる。


『一期生の歌姫セイレーンを見捨てるような戦い方をしているではありませんか』

『その発言については、いますぐ訂正あるいは取り消しをしてください』


 黙りこくる若い記者。舞台は完全にハーディ中佐のものになっていた。


『それが御社の意志ということでよろしいですね。貴方は会社の代表なのでしょう?』

『それは……』

『違うというのなら退室してください。自社の看板も背負えぬ方のために、我々の貴重な時間を割かねばならぬという道理はありません』


 私たちは顔を見合わせた。私はレニーにたずねる。


「ハーディ中佐、どうしたのかな……」

「私情を仕事に持ち込むような方ではないけれど。もしかすると、これまでのメディアにおもんぱかる姿勢を転換するための芝居なのかも知れないわ。あるいは政府への」

「確かに」


 アルマがそれに賛同する。


「第六課はともかく他の軍部はちょっとね」

「第六課は昔からメディアへのアタリが強かったって聞くけど、ここにきてさらに?」


 私が言うと、私の太ももの上でレオナが目を開けた。


「レベッカやネーミア提督のやり方を全面的に指示、支援するという姿勢を明確にするため、だと思うよ」


 レオナはそう言うと上半身を起こした。


「だいじょうぶ?」

「ちょっと楽になった。体温は……三八度八分」

「全然下がってないじゃない」


 私は冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクを持って戻ってきて、レオナのコップに注いだ。


「ありがと」

「ベッドで寝ていいよ?」

「マリーも来る?」

「考え中」


 同じベッドで寝る事自体には抵抗はあんまりない気がする。ただ、ちょっと窮屈そうだ。


「いちゃつきーズはほっといて」


 アルマが言った。


「ともかく、参謀部第六課としては、今のやり方を支持するって感じのメッセージだってあたしは受け取った」

「そうね」

 

 レニーが同意する。


「それに、その姿勢はつまり、レベッカやネーミア提督を守ることにもつながる。それは前統括ルフェーブル少将の想いにも通じると思う。ハーディ中佐は少将の右腕だった人だもの。想いを共有していても何らおかしくはないわ」


 歌姫計画セイレネス・シーケンスの中心的役割を果たしていたルフェーブル少将は五年前に暗殺されてしまったのだけど、その真相は今に至るまで闇の中だった。


「でも、レニー」


 私は肩にもたれかかってきたレオナの頭を撫でながら言った。


「こんなことしたら、ハーディ中佐、ネットでボコボコにされるよ」

「覚悟の上でしょうね。中佐のメンタルの強さは尋常じゃないって、ブルクハルト教官もおっしゃっていたわ」

「そうなんだ……でも、なんか、知ってる人が叩かれるのを見るのは、イヤだな」


 私の吐露に、レニーは微笑ほほえんだ。


「優しいのね、マリーは」

「臆病なだけだと思う。メンタルも全然強くないし、決断力もないし、悪口言われるのは怖いし、見るのだって嫌だし」

「だからみんなマリーが好きなのよ。ね、アルマ?」

「お、おう」

 

 アルマの変な反応に、私は思わず笑ってしまった。


 しかし、そうしている間も、立体映像投影装置テレビの中では記者たちとハーディ中佐の舌戦ぜっせんが続いていた。


『この広いヤーグベルテの領海をたったの二人のD級歌姫ディーヴァに守ってもらうという発想には、そもそも無理があったということです。そして従来の最強の戦力である四風飛行隊をもってしても、アーシュオンの超兵器オーパーツには、新兵器を用いたとしても未だこうるとは言いがたい。しかし』


 ハーディ中佐はスクリーンに先の戦闘の様子を表示させる。クララの軽巡ウェズンが班のメンバーとともにナイアーラトテップクラゲを撃沈した時の様子が映し出された。


『今年になって一期生が参戦したことにより、たとえばこのように量産M型であればV級歌姫ヴォーカリストあるいは複数のC級歌姫クワイアによって対処できるようになりつつあります。彼女らが単独で分艦隊を率いて動けるようになれば、ヤーグベルテの国防体制も盤石ばんじゃくなものとなるでしょう』

『つまり、今はまだ我慢の時期だと……?』

『イエス』


 その短い肯定は、犠牲を甘受するという公式の意思表明だ。


 ――自らの死を覚悟せよ。友との死別を覚悟せよ。これからは死を前提に生きろ。生ぬるい生を捨てよ。


 ネーミア提督の言葉が私の中によみがえる。


 私の心の中では、いくつもの「正しいこと」がぶつかり合っては渦を巻いている。


 そこでまた一人の記者が手を挙げた。


『アエネアス社のディケンズって言います。お見知りおきを、中佐』

『ジョークがお上手ですね。とっくに存じております、ディケンズ記者。それで何でしょう』

『一つ疑問なんですがね。通常艦隊は、第七を除いては何をしてるんです? 壁くらいの役には立つでしょう?』


 ディケンズという記者は他の記者とは明らかに一線を画していた。場馴れしているし、ハーディ中佐とも十分な面識があるようだった。実は有名人なのかもしれない。


『それは各艦隊の主幹に。我々の管轄する事柄ではありません』

『ま、それもそっすね。で、もう一つあるんですが』

『もう時間です。他の記者からも――』

『あーあー。お仕着せメディアの有象無象うぞうむぞうの質問なんざ、受けるだけ無駄っすよ』


 これは変な人だ! 私はアルマと顔を見合わせた。今までの記者会見でも鋭い質問をする記者は何人かいたけど、その中の一人にいたかもしれない。っていうか、ディケンズってどこかで聞いた気がしないでもない。後で携帯端末モバイルで調べてみよう。


『で、ええと。参謀部としては、イザベラ・ネーミア提督の、どの程度評価しているのですかね、現時点で』

『現時点でということであれば、先程も申し上げた通り、被害は小さくありませんが、戦果はそれを遥かに上回ったと考えています』

『なるほど。戦略地図的には順調に変化しており、万事、と?』

『肯定です、ディケンズ記者。現時点、アーシュオンの超兵器オーパーツを踏まえても、戦術単位でみれば圧倒的優位であることには変わりません。つまり、トリーネ・ヴィーケネス中尉の戦死は、戦局には――』

、ですか』

『イエス』


 短い肯定に被せるようにして、ディケンズ記者は尋ねた。


『トリーネのがもうすでに市場に出回っていることについては?』

『保安部と情報部が動いています。セイレネスに関するありとあらゆる音源は、軍公式ルート以外での流通は認めていません』

『昨年に断末魔も、公式に流通するという意味ですか?』

『……それは私の管轄ではありません』


 あのハーディ中佐の表情が、一瞬だけかげった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る