07-03: ケラウノス

 エウロスがいくら強力でも、たったの十二機で制空権なんて取れるはずがない。まして海上には三個艦隊分もの対空砲があるのだ。


『エウロスより眼下の歌姫セイレーンたちへ。アタシたちが来た。敵海上戦力に注力しろ』

『ネーミアよりメラルティン大佐。我々は――』

『黙れ、イザベラ。空はアタシたちのものだ』


 多弾頭ミサイルが放たれる。十二対三百の空中戦。一方的とも言える数の暴力。ミサイル同士が激突し、暗黒の空がたちまちのうちに金色に爆発する。


『ネーミアより、エウロス。彼我の戦力差が大きすぎる! 増派あるいは撤退を!』

『誰に指図さしずしている』


 メラルティン大佐の鋭い声が響く。


『エンプレス隊、散開! 撃墜スコアを稼ぎ放題だぞ。主目的、敵航空戦力の殲滅! 第二次目的、全員の生還! 撃墜されるのは自由だが、隊全員にフルコースをおごらせるから覚悟しろ!』


 本格的な空中戦が開始される。今の多弾頭ミサイルにやられた味方は一機もいない。


「う、嘘だろ……ッ!?」


 アルマの声が聞こえる。空を覆い尽くすほどの爆発があったというのに、ダメージレポートを見る限り全機がだ。何が起きていたのかまるで理解できない。信じられない。私はスクリーンの映像から目が離せない。


『レネ及びハンナにて空戦支援します。敵対空砲弾道計算入れます』

『助かる、レニー。情報は多いほうが良い。追加の偵察用ドローンスカウターを敵陣に打ち込む』


 そしてレニーとハンナの処理能力が披露される。見る間に可視化される対空砲の照準位置と射撃予測のマッピング。エウロスはその間をって飛ぶだけで被弾を防ぐことができる。


 とはいえ――。


「歩いてだって通るのが難しいよ、あんなの」


 レオナに同意だ。針の穴を抜けるような機動を繰り返す必要がある。その上敵の航空機もいるのだ。航空戦力と戦いながらも対空砲火を避ける。不可能だ。


『これは助かる。いつの間にこんな技術を。……ブルクハルト中佐だな?』


 機動マニューバは見えているのに理解できなかった。中に人間が載っているとはおおよそ信じがたい動きをしていた。その上、喋る余裕まであるのだ。


『なるほど、こうか』


 さらに、レニーたちの作り出した細い安全地帯のトンネルはリアルタイムに動くのだ。それに適応しつつ、敵弾を回避しつつ、着実に撃墜を重ねていく。人間わざではない。APゲームの中のエウロスなんか、現実にはまったく及ばなかった。


 私は一向に動かないエウロスのダメージレポートを凝視し続け、やっとで声を絞り出した。


「ものすごい、ことしか……わかんないよ」

「ああ」


 レオナが小さく同意した。


 いったいぜんたい何が起きているのか。三百いた敵がたったの十五分で半減していた。エウロスのほとんどはいまだ小型高機動ミサイルを数発温存している。機関砲の一連射で一機を落としでもしていない限り考えられない戦果だった。


 暗黒の空を真紅の機体エキドナが引き裂く。メラルティン大佐は引き起こされる超音速衝撃波ソニックブームすら武器に、あるいは鎧にしていた。エンプレス隊の黒い機体は視認は難しかったが対空砲火を追っていけば位置は容易に特定できた。しかし当たらない。


 エウロスは全機が「狂った練度」と言われているが、まさにその通りだと思った。空と海を同時に相手取っても全く動じることがない。


『レネよりメラルティン大佐。敵航空戦力は七割減』

『レニー、ハンナ、助かった。このまま全滅させる』

『ネーミアよりメラルティン大佐。助けられたことに礼は言うが、これ以上は――』

『空軍には空軍の都合があってね。この出撃も第六課からの正式な要請だ』


 海に目をやれば、クララとテレサがそれぞれ四隻ずつナイアーラトテップクラゲを撃沈したところだった。しかしまだ七隻の残存艦がある。油断はできない。それに……トリーネを殺したあの新型が来ないとも限らない。それにC級歌姫クワイアたちの動きはまだまだ統率が取れておらず、傍目はために見て危なっかしい。


 エウロスが空を完全に掌握したとはいえ、まだ有利とは言えない状況だった。


『第六課からの正式な要請……』

「マリアです、ネーミア提督」


 それまで沈黙していたカワセ大佐が口を開いた。


「空軍主幹、第三課の横槍によりますが、第一艦隊構成要員の練度をかんがみて要請致しました。エウロスにはこのまま空をっていただきます」

『しかるのちは艦隊決戦に持ち込めということか』

「肯定です。は大切です」

、ね』


 ネーミア提督のため息が聞こえた。


『わかった。それではこちらはこちらでやらせてもらう』

「おまかせします、ネーミア提督」


 その間にも空は制圧されていく。メラルティン大佐は敢えて海上戦力には手を出していないのだと、ここにきて理解した。おそらくそうした方が戦いやすかっただろうに、のためにそれをしなかったのだ。


 恐るべき余裕だった。


『アタシたちはこのまま残っても良いんだぞ』

『わたしたちの活躍の場面まで奪わないでもらっても良いかな、大佐』

『イザベラ、意地で戦争はできんぞ?』


 メラルティン大佐はそう言いながらも敵機の真後ろにつけ、ブースターノズルに正確に高速徹甲弾HVAPを撃ち込んでいた。


『第一艦隊、全艦再編! クララ、テレサを先頭に複縦陣ふくじゅうじん! エディタ、きみの班でナイアーラトテップクラゲを追い回せ。時間を稼げば良い!』


 うわっ!?


 私とアルマが同時に悲鳴を上げて耳を塞いだ。


 だ。凄まじい音圧の、鼓膜が押し破られそうなほどの。


「だいじょうぶかい」


 レオナは顔をしかめてはいたが、まだ平気そうだった。多分、セイレネスの能力の高さに比例してダメージを受けているのだ。私もアルマも身動きが取れない。


 そのの発信源は、もちろんイザベラ・ネーミア提督と戦艦セイレーンEMイーエム-AZエイズィだ。ネーミア提督の能力を、戦艦の増幅器アンプリファイアを経由して放出しているのだ。


「なんていう威力なの……!」


 ヴェーラやレベッカの戦いの時でも、ここまでの圧は感じなかった。いや、文字通り桁が違う。戦いがここに至るまでずっとおさえ続けていたということか。なるほど、というわけだ。


『クララ、テレサ、そのまま左右に別れて敵艦隊を半包囲状態にしろ。逃げる敵には容赦するな。いずれにせよ沈められる存在だ。エディタ、ナイアーラトテップクラゲの方の状況を!』

『エディタよりネーミア提督、一隻撃沈しました。残り六、避退を始めています』

『放っておけ。ただしマークだけは続けろ』

了解アイ・コピー。エディタ班はクラゲに注力。ハンナ、サポートを』

『ハンナ了解。クラゲ六隻マーク。全艦にリンケージ。逃がしません』


 ハンナ先輩の動きがめちゃくちゃに速い。さっきの対空砲火のマッピングもおそらくはハンナ先輩の手による。すごい戦力だと思う。


『エウロス、撤収する。イザベラ、うまくやりな』


 そしてエウロスは全機ほとんど無傷のまま、夜の空に消えていった。


 艦隊戦はやはり歌姫セイレーンたちのほうが優勢だった。コーラスを展開している限り、歌姫セイレーン搭乗艦船には、通常兵器がほとんど効かないのだ。


 熾烈しれつな砲火のやり取りは続くが、それは前座だった。


『セイレーンEMイーエム-AZエイズィ、セイレネス、再起動リブート


 おごそかとも言えるネーミア提督の声が響き始める。


安全装置解除シフト・トゥ・エクストラモード……。天使環ディヴァイン・ゲートおよび、装甲翼セラフィム・アウラ――展開レドネス!』


 これって……。


 スクリーンの中で、戦艦セイレーンEMイーエム-AZエイズィが姿を変えていく。薄緑色オーロラグリーンの津波を放ちながら後部装甲が展開し、半円の金属の環が出現する。その環がさらに展開すると、さながら六枚の翼のように光が吹き上がった。夜空の濃紺は駆逐され、輝く緑に彩られた。そして艦首も装甲が三分割されて開いていく。中から姿を見せたのは恐ろしく巨大な三連装誘導方針だ。


 APの中では何度も使った戦艦ネプチューンの必殺の兵器・トライデント。これはそれと同等の兵器だ。セイレーンEMイーエム-AZエイズィがその兵器――雷霆ケラウノスを放ったのは今まででたったの一度。ヴェーラのデビュー戦の時だけだった。


 だがネーミア提督はそれを躊躇ためらわず使うというのか。


 として。


 これから起きるのは、圧倒的な大殺戮だ。そのためにクララとテレサに「敵を逃がすな」と指示したのだ。


『ヤーグベルテ第一艦隊司令官、イザベラ・ネーミアより、アーシュオンの侵攻艦隊に告げる。この警告はわたし個人の善意により発されるものなり。本攻撃は国際法を犯すものにあらず。なれど本攻撃は一撃で貴艦隊を殲滅するだろう。ゆえに、わたしは貴艦隊への警告を実施している。繰り返すが、これはわたし個人の善意である。今より三十秒以内に退却の意志を示せ。さもなくば、我々は戦闘行動を続行する』

『こちらはアーシュオン連合艦隊。それは無茶な話だ』

『わたしが何をしようが、あるいは何もしなかろうが、貴艦隊の未来は決まっている。時間はないぞ』

『ま、待て』

『時間だ』


 三十秒で艦隊の意思決定などできるはずもない。


 この警告は――ただの舞台演出だ。


『シーケンス、8・8・8へ進行プログレス終末段階ターミナル・フェイズ移行確認』

『ま、待て!』

射軸線固定キープ・ジ・アクシズ


 そして――。


雷霆ケラウノス投射バースト!』

 

 無慈悲に光が放たれ、アーシュオンの旗艦に直撃した。そしてその光は味方艦を一隻も巻き込まなかった。ネーミア提督による完璧な力のコントロールが起こした奇跡だった。


 その光はひびのように海域を伝播でんぱし、触れた敵艦船を粉砕した。


 そして残存した数少ない艦船も、エディタたちによってとどめを刺されていった。


「降伏の意志を示している艦もある、のに」


 私はカワセ大佐を見る。が、カワセ大佐は言った。


 雷霆ケラウノスの余波により、全ての通信が――と。


 タブレットで一般回線の報道を見ると、確かにが起きていた。

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