06-05: 戦いの動機


 エウロス到着後は一方的だった。双方の艦載機で荒れていた空域は、たった十二機のエウロスによって、わずか十五分で制圧されてしまった。しかし敵にはまだカードが四枚残っている。レオナが言う。


「あとはナイアーラトテップクラゲだ。ナイトゴーントが出てくると面倒だけど」

「出てくるだろうねぇ、今回は」


 アルマが携帯端末モバイルを見ながらうなる。E初期型以外のナイアーラトテップクラゲには艦載機搭載能力があるのが普通だ。


 制空権を確保した第七艦隊は一気に敵通常艦隊を半壊させ、敵の旗艦を大破させることに成功していた。海戦の展開がものすごく早い。クロフォード少将の戦略眼から戦術展開は、教科書にも載っているほどのものなのだけど、見れば見るほどエスパーなんじゃないかという気がしてくる。そんなクロフォード少将が最新鋭航空母艦ヘスティアを手に入れたというのは、まさに鬼に金棒だ。


『エウロス、これより新型ナイトゴーント迎撃戦に突入する。NGX0旧型は無視する』


 新型! NGX1だ!


「ちょっと待て、APで出てきた新型とほとんど同じスペックじゃないか」


 アルマが携帯端末モバイルに表示されてきている解析結果を見て声を上げる。


「なになに、ナイトゴーント・タイプ・ケルベロス、だって」

「情報早いね、アルマ」


 レオナも携帯端末モバイル立体映像投影装置テレビを見比べながらうなっている。私はエウロスの動きをトレースしている曲線群を追いかけつつ、レニーをちらりと見た。


「レニー、これって」

「データ取りね。NGX1新型の。制海権の把握はおまけよ、きっと」

「そのために一個艦隊とエウロスを危険に?」

「第七艦隊とエウロスでなければ、この作戦はリスクのほうが大きくなる。それに新型ケルベロスのデータが多いほど、後の戦いの不利は減衰していく」


 エウロスは無敵の航空部隊だ。だが、それでも超兵器オーパーツ相手には楽勝とはいかない。

 

『敵新型機を目視。空域にセイレネス・ジャマーを展開』


 信じがたい距離で敵機を視認するメラルティン大佐。大佐は昼間でも星が見えるのだという噂があった。


 エウロス飛行隊それぞれが搭載していたミサイル状のセイレネス・ジャマーを放出する。それらは空中で炸裂して、薄緑色オーロラグリーンの光を放った。


 そこに突っ込んでくる敵、新型機が四機。旧型も四機いたが、ジャマーを嫌がったのかジャマー範囲には入ってこようとしない。


『三機一組で追い詰める。被撃墜は許可しない。ペナルティは隊員分のコーヒーの調達だ。とびきり高級なやつをな!』


 ナイトゴーント・ケルベロスは確かに強力な航空戦力であるように見えた。無人戦闘機そのものの無茶な機動マニューバを繰り返し、超エースパイロットであるエウロスたちを翻弄ほんろうする。


『ガトリング切り替え、反応弾頭。弾数たまかずは限られている。無駄に使うな! データがれれば良い!』


 反応弾頭!? あれが三〇ミリガトリング用にまで小型化出来ていたってこと?


 そこからは派手の一言に尽きる空中戦だった。眼下の艦船などまるで無視して、エウロスとケルベロスが舞い続ける。反応弾の爆発が空域を灼熱に変じさせ、気流を大きく乱した。しかしエウロスはその気流すら味方につけ、ケルベロスに食らいつき続ける。


 とは聞いていたし、幾度も報道で見てそう思っていたけど、今日のこれは別格だった。見惚みとれてしまうほどの空戦機動、百発百中の攻撃、そして被弾はゼロ。人間業とは思えなかった。どれほど鍛錬したらこの領域にたどり着くのかと考え、私は少し恐ろしくなった。


「大佐と共闘する日も来るんだよね」

「もちろんさ」


 私の言葉に反応したのはレオナだ。レオナは続ける。


「それまでに私たちが大佐の足を引っ張らない……じゃなくて、相棒として認められるようにならないとね」

「うん」


 四機の新型ケルベロスはそれぞれに軽微な損害を負った。煙を吹きながら母艦の方へと進路を変える。エウロスは追わなかった。必要な仕事はこなしたという判断からだろう。


「すごいなぁ」


 アルマが溜めていた息を吐き出した。


はかっこいいよ、やっぱり。憧れる」

「わかる」


 レオナが同意する。私もだ。大佐はヤーグベルテ最強の戦闘機乗りなのだ。撃墜数は有人機無人機合算で一千機を超えている。もらった勲章の詳細は、本人もいちいち覚えていないのだとか。


「メラルティン大佐もヴェーラたちとは親しかったんだよね?」

「ヴェーラとレベッカとはほとんど同居していたのよ」


 レニーが言う。


「恋人というわけではなかったと思うけど。大佐は誰かと付き合うなんて考えたことがないっておっしゃってるし」

「士官学校時代からの友人だっていうから」


 レオナが携帯端末モバイルで情報を確認しながら言う。


「でも、ナイト・フライト・イクシオンとか聴いてると、三人のきずなみたいなものはすごく感じるよね」

「三人がいればこの国は無敵だ! みたいなことを言っている軍事評論家もいたよね」


 アルマがSNSのそのアカウントの投稿を携帯端末モバイルに表示させる。


「永遠に三人に守ってもらうつもりだったのかな」


 アルマの顔に浮かんでいるのはすさんだ笑みだった。そんなアルマの肩を、レニーが抱いた。


「厳然として我が国ヤーグベルテを脅かすが存在する以上、誰かが守らなくちゃならないのよ、アルマ。私たちみたいな子どもを生み出さないためにも、理不尽な悲しみにとらわれてしまう人々を生み出さないためにも。もちろん、私たちだって、私たちの大切な誰かを守るためにも、戦えるのなら戦うべきよ」

「この身を犠牲にして守るべきとは思えない人もいるけど」


 アルマは暗にASA反歌姫連盟らへの言及をほのめかす。レニーはそんなアルマの三色頭をぽんぽんと叩いて言った。


「そんな人たちでも分けへだてなく守る。だからこそ、私たちには価値がある」

「感謝もされなくても?」

「その人たちが私たちにそっぽを向いたとしても、その何倍、何十倍の人が私たちをめてくれる。それで十分じゃない?」

「まぁ、そう、だけどさ」


 アルマはレニーにもたれかかる。


「でもなんかなぁ」

「電車で席を譲ったって、お礼を言う人、言わない人、黙って拒否する人、横柄な態度を取る人……色々いるでしょ? でも、それにいちいち腹を立てたり、二度と誰にも席を譲るものか、なんて、アルマは思ったりしないでしょ?」

「そ、そうだけど」

「感謝してくれる人がいる。確かに守れた人たちがいる。その思いだけでも戦えるのではない?」

「わからない」 


 アルマは思慮深く答えた。


「でも、誰かのためなら戦える。不特定多数のためじゃなくて、誰かの。例えばマリーのためとか」

「私?」

「レオナに取られたっていったって、あたし、マリーのこと諦めてないし」

「お、いいねぇ」


 レオナの余裕の反応にアルマは鼻を鳴らす。


「それとか、そうだな、レベッカのためとか。そういうのならモチベも上がる。頑張ればレベッカに直接褒めてもらえるかも知れないだろ? めっちゃ嬉しいじゃん」

「それでいいと思うよ、アルマ」


 私は言う。 


「私は施設のみんながこれ以上苦しまないようにって思ってる。施設の仲間がこれ以上増えないように、ともね。家族を失う人を減らしたいんだ」

「それは、あたしもそう、だけど」

「でも、アルマはアルマの動機づけで良いと思うんだ。みんなが同じ方向を向いて同じ意見を述べてるのはなんか怖い。ね、レニー」

「ええ。私も色々言ったけど、私なんて最悪よ。家族や友達を皆殺しにしてくれたアーシュオンの兵隊を、一人でも多く殺したいっていうのが根底にあるのだもの」


 結構過激な意見が思わぬ人物から吐き出されたが、実は私もそれには一部同意だった。私の家族を奪ったのは誰が何と言おうとアーシュオンの人々なのだ。はいそうですかと泣き寝入りすることは、今の私にはまだできそうにない。


「レオナはどうなの?」

「私はマリーとアルマと一緒に戦いたかっただけだよ。アーシュオンに個人的な恨みがあるわけじゃないけど、このままじゃいけないことはわかってる。戦う――なんて理想はないけど、マリーやアルマが戦うというのなら、私も戦う。そんな希薄な理由。私が二人を守るためにできることだってあるはずだし」


 レオナはよどみなくそう言った。きっといつでもそんなことを考えているのだろう。


 そうこうしているうちに、海域は完全に静寂に戻っていた。第七艦隊は駆逐艦四隻が小破したものの、他の損害は計上するに足りない程度ということだった。エウロスはもちろん被害はゼロ。被弾すらなかったという速報が上がってきた。


「エウロスもすごいが、第七艦隊も大概たいがいにやばいな」


 アルマが口笛を吹く。


 私たちはほっと息を吐き、携帯端末モバイルに転送されてきている戦闘レポートを読むという課題への取り組みを開始したのだった。

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