06-04: 第七艦隊の遭遇戦

 そうだなぁ――ゲームの手を止めず、アルマが応える。


「内面が全く見えないと言ったら良いのかな。あの仮面サレットが邪魔だからなぁ」


 表情という情報がほとんど欠落しているのだから無理もない。私たちは歌姫セイレーンではあっても、エスパーじゃない。世間では混同されているみたいだけれど。


「セイレネスではどういう戦い方をするのかしらね?」


 レニーは立体映像投影装置テレビのライヴ映像にかじりつきながらぼんやりと言う。レニーもまた、D級歌姫ディーヴァたちの大ファンなのだ。


「レニーはヴェーラの戦いをサポートしたことが?」

「ヴェーラのはないわ。ヴェーラがあんなことをしたのは私が一年生の時だったから。でもお話をしたことはあるの」

「ど、どんな?」

「えっとね」


 レネは小さく咳払いをした。そしてヴェーラそっくりの声で言った。


「きみにはいずれ艦隊を率いてもらうことになるから、まずは艦隊の全てを把握して欲しい。戦場に出た時は何があっても絶対に死なないこと。いいね」

「わ、似てる」


 私たちは揃って驚いた。あのアルマがゲームでMISSをしたほどだ。アルマはゲームを中断するとレニーの肩を揺さぶった。


「すっごい、似てる。なんでそんな特技を隠してたの」

「隠してたというより、披露する場面がなかったのよ」


 幾分照れくさそうに言うレニー。


「私はヴェーラが好き過ぎたから、小さい頃から真似してたの。そうしたらなぜか声真似だけは本当にうまくなっちゃって。本人公認なのよ」

「ヴェーラの前で披露したの? すご」


 アルマがドサクサに紛れてレニーに抱きついていた。ちょっと羨ましいと思ったので、私はレオナにくっついた。


「一年生の時はハンナ先輩と同室だったんだけど、ハンナ先輩からエディタ先輩たちに伝わって、そこからヴェーラ本人に伝わったらしいの。それで、あのAPを使った訓練の最中に『全部わたしの声でやってよ』っていきなり言われて。ひどい無茶振りだったわ」

「それで公認になったんだ?」

「ええ、アルマ。ヴェーラは本当に大ウケしてて。レベッカはもちろん、カワセ大佐すら笑っていらっしゃったわ」

「あの怖そうなカワセ大佐が?」

「大佐は怖くないわよ?」

「え、そうなの?」


 私にも意外だった。カワセ大佐は底知れぬ深淵のような印象を与えてくる人だから、有り体に言えば正体不明だ。


「大佐と直接お会いしたことがないのよね?」

「ええ、まだ。オンラインではお話ししましたけど」

「大佐は感情のコントロールが恐ろしく巧みな方なの。だから怖い印象を受けるのかもね。言うべきことは言うし」

「大佐は私たち歌姫セイレーンの全てを管理されているんですよね?」


 私がくとレニーは頷いた。


「大佐がいらっしゃるから、レベッカは戦いに専念できているの。でも、それでも、ヴェーラの穴を埋めることは出来ていないみたい」

「そりゃそうだよ」


 アルマは携帯端末モバイルをテーブルの上に投げ出して、立ち上がって伸びをした。


「十数年も一緒に過ごしてきた大事な人を家ごと失ったんだ。変わるなっていうほうが無茶だよ」

「うん」

 

 私もその痛みは少しは理解できる。変わらなきゃいけないこと、変わらざるを得ないこと、それら全てを受け止めて今を生きなくちゃならない。ましてや部下たちのことも考えながら。自分を優先にして閉じこもっていられるような余裕はない。考えに沈んでいられる時間もない。それはとてもつらいことだろうと思った。


 レオナが私の髪を撫でながらゆっくりした口調で言った。


「あの温和なレベッカが、今や鬼もく――鬼哭きこくのレベッカだからね」

「仕方ないよ」


 私は言う。


「その状態でも出撃して、ちゃんと敵を撃退して帰ってきてる。感謝しないと」


 その直後だ。


 私たちの携帯端末モバイルが一斉に鳴った。


「潜水艦隊とソルヴィー諸島で遭遇戦だって」

「ソルヴィーって、二週間前に奪還したところだっけ。しつっこいなぁ、アーシュオンは」


 レオナが顎に手をやりながら言った。そこでさらに続報が入ってくる。


「こっちは……第七艦隊!」

「第七艦隊がいるの!?」


 私が言うと、レオナのテンションが上がった。


 第七艦隊といえば、最新鋭航空母艦ヘスティアを要するスーパーエリート部隊だ。ナイアーラトテップクラゲ三隻と戦って味方に損害を出さなかったというのは、もはや伝説だ。それを率いているのがリチャード・クロフォード少将という人物で、ヴェーラたちが候補生だった頃に士官学校の事実上の学長を務めていたこともある。対潜戦闘に於いて無類の強さを発揮し、敵味方から「潜水艦キラー」と呼ばれている。


 また、第七艦隊旗艦ヘスティアは海域を広く隠蔽する能力を持ち、発見は困難だ。海軍や参謀部に於いても、第七艦隊の所在を知る者は少ない。


 私は立体映像投影装置テレビのチャネルをニュースに変える。ちょうど前線からの映像が届いたところだった。


 敵は通常艦隊が一個だったが、第七艦隊を包囲するようにナイアーラトテップクラゲが四隻迫ってきていた。対する第七艦隊は敵艦隊に向かって先制攻撃を開始する。


「反応弾だ!」


 レオナが言った反応弾というのは、九六式反応弾――先日発表されたばかりの、核兵器にも匹敵すると言われる新兵器のことだ。それが最前列に並んだ重巡洋艦二隻から惜しみなく撃ち込まれていく。


 その火力は凄まじく、敵の前衛、駆逐艦部隊はものの見事に消滅してしまう。


「すごい……」


 唖然とするほどの攻撃力だ。威力だけ見れば、セイレネスのモジュール・ゲイボルグなどにも劣らない。


「クラゲどもが接近する前に敵陣を突破するつもりだ」

「って、レオナ。ちょっと待てよ?」


 アルマが腕を組みながら難しい顔をする。


「なんで敵は第七艦隊に攻撃を仕掛けられたんだ? じゃないか、第七は」

「わざとじゃない?」

「わざと? クラゲ四匹もいるのに、リスキーでは?」


 その時、立体映像投影装置テレビの映像に変化があった。空からのものだ。


「エウロス!」


 私が身を乗り出した。カメラの映像の先には赤い大型の戦闘機がいた。間違いない、エウロス飛行隊隊長、カティ・メラルティン大佐の専用機・エキドナだ。


「なるほど、そういうことね」


 レニーが言う。


「当該海域に第七艦隊がいるという情報をわざと流したのよ。アーシュオンの艦隊が一個しかいないことを知った上でね。敵は第七艦隊を捕まえる千載一遇のチャンスを逃がすわけには行かない。となれば、周囲のクラゲを掻き集めて襲いかかるしかなくなる。そこを第七艦隊の戦力とエウロスの試作兵器を使って殲滅。それによりソルヴィー諸島の安定を確定させる、と」

「なるほど、そういうことか」


 アルマは頷く。


「でも、だったらレベッカもひそませておいたほうが良かったような」

「その必要はないってことかしら……」


 レニーの呟きへの答えはすぐに証明されることとなる。

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