06-03: お宝映像

 寮の部屋に戻った私は、そのまま寝室へ行ってベッドに倒れ込んでしまった。


「も、もうだめだぁ……」


 何が駄目かと言うと、あのである。とんでもない質問をしてしまったと、反省と後悔にさいなまれていた。


「マリー」 


 毛布を被ってしまった私のそばに、レオナが座ったようだ。多分、アルマかレニーが気を使って行くように勧めてくれたのだろう。


「大丈夫だよ」

「絶対目を付けられた。とんでもないこと言うやつだって思われた」

「そんなこと気にするような方とは思えないよ」

「私、初日に最前衛で一人ほっぽりだされるんだ……見捨てられて死んじゃうんだ……」

「ないない」 


 レオナは私の毛布を強引にがした。


「きゃぅ」

「制服脱いでから寝転がらないと、シワになるよ」


 そこの心配!?


「さ、脱ぎ脱ぎしようね」


 え?


 瞬く間にブラウスのボタンを全部外されてしまう私。見下ろせば薄桃色の下着ブラが丸見えだ。


「ちょっとまって、着替えるから。ね、自分で着替える」

「じゃぁ、見学。パンツも替える?」

「替えないってば」

「ちぇ」 

「何その反応」


 私は「やれやれ」と頭を振って、ブラウスやスカートを脱いだ。そもそも毎日一緒にお風呂に入る関係だ。この程度、もはや慣れた。


 そして部屋着のジーンズとパーカーに着替える。


「かわいい……」


 床に座り込んでいたレオナは、そんな私の様子を瞬きすらせずに見つめていた。まぁ、お風呂の時もそうだし……。


「さ、レオン。リビングに戻るよ」

「キスしようよぉ」

「ちょっとだけね」


 私はレオナの唇に軽くキスをして、有無を言わせず腕を組んだ。こうなったら(かなりの身長差もあるから)キスはできまい。しかしレオナはといえば、上機嫌に鼻歌まじりだ。候補生一、人目ひとめくレオナだが、その実態はこんな感じなのである。それを知っていることに私はちょっとだけ優越感を覚えていたりしないではない。


「アツアツなお二人が帰ってきたぞぉ」


 早速アルマが茶化してくる。


「何してたのさぁ。時間かかってたけど。まさか」

「こら、何がまさかなの。なかったでしょ」


 レニーが真っ当なツッコミを入れてくれた。


 レニーは私にココアを入れて、他の三人にはコーヒーを用意していた。アルマは得意げにブラックコーヒーに口を付けてから、「なんていうかさ」と私を見て言った。


「マリーが完全に他人ひとの女になってしまったと思ったら、あたし、ますますマリーにドキドキしちゃうんだよね」


 それにすかさず反応したのはレオナだ。


「私はそれって良くない願望だと思いまーす。レニー先生はどうですか」

「そうねぇ。人の気持ちって難しいから……。いっそマリーが二人と付き合えば?」

「それだ!」

「そうじゃないでしょ」


 レオナが声を上げて笑った。当事者の私としては複雑な気持ちではある。


 携帯端末モバイルを眺めていたアルマが、ちょっとだけ声のトーンを下げた。


「おふざけはこの辺にしといてさ。イザベラ・ネーミア提督って何者なんだ? どこから来た?」

「ネットにも情報がないわね」


 レニーが立体映像投影装置テレビを点ける。ちょうどニュース速報のテロップで、「第一艦隊司令官にイザベラ・ネーミア少将着任」と流れていた。マスメディアにしても寝耳に水だったのかも知れない。


「こうまで何の情報もないとなると、いっそ不自然に見えるな」

「ジークフリートによる検閲けんえつかもしれないね」


 アルマとレニーの言うことにはそれぞれ同意だった。軍がジークフリートやアレスによる検閲をしているというのは、ある意味周知の事実だった。


 レオナは私の隣に座って長い脚を組みつつ携帯端末モバイルを眺めていた。 


「私はもともとネットの情報なんて信じちゃいないけど、確かにここまで綺麗さっぱりってのはちょっとね。まるで最初から存在していなかったかのようだ」

「それにネーミア提督、自分でD級歌姫ディーヴァだって仰っていたけど、そんな人材が今まで出てこなかったってのもおかしいよね」


 私の言葉に三人は頷いた。アルマが肩をすくめた。


「案外、ヴェーラの亡霊だったりして」

「まさか」 


 私は首を振る。


「声の質がぜんぜん違ったよ。基本が二音も低かったし」

「確かに、あの声はヴェーラに比べてパワーがありすぎるか」


 アルマがうなる。


「でも、あの顔はどうしたんだろ」

仮面サレットみたいなの被ってたけど、素顔は気になるよね」


 私が言うと、レニーがコーヒーを飲んでからちょっとだけ前髪をいじりながら言った。


「見せられない事情があるんじゃない?」

「どんな?」

「顔を見せるとうまく喋れなくなるとか」

「アガリ症かよ!」


 今日もアルマのツッコミはよく冴えている。


「しかし、レベッカといい、ネーミア提督といい、なんか先行きが不安だよ」

「冬が来たというのなら」


 アルマの言葉を受けて、レオナが呟いた。あ、聞いたことある! が、私より先にレニーが続けた。


「春がそう遠くにいるだなんてことが、あるだろうか、ね」

「え、えっと、シェ、シェリーだっけ?」


 私のなけなしの知識がかろうじて滑り込む。レオナが「イエス」と言って、私の髪を撫でた。


「西風に寄せるオード、の、最後の方だね。冬来たりなば、春遠からじってやつ」

「レオナはこういうのもスラスラ出てくるのがずるいよ」

「英才教育の賜物たまものさ」


 レオナが言うと嫌味に聞こえないのが不思議だ。そうだ、レオナと私ではそもそもの教育水準が違っているのだ。


 アルマは例のANアルス・ノヴァというゲームをおもむろに開始し、鼻歌まじりにスコアを積み上げていく。よく知った歌がガンガン流れてくるので、私たちの注意も必然的にアルマの方に向いていく。


「そうだ、映像部分だけ転送できるんだった。鑑賞モードってやつ」


 アルマはそう言うと、立体映像投影装置テレビのモードを切り替えた。携帯端末モバイルからの情報を投影するモードのようだ。


 すると、アルマがプレイしている曲のライヴ映像やMVが、立体映像投影装置テレビに映し出されるようになった。


「わぁ! レベッカだ」


 思わず歓声を上げる私。レベッカマニアの私でも観たことのない映像だった。


「ってこれ、2095年去年じゃない! 新収録だ」


 画面の隅に浮かび上がる文字を拡大して、私は興奮する。いわゆる最新映像に属するものだ。


「あー、これ? これね、このANアルス・ノヴァでの限定公開らしいよ」

「本当!?」

「うん。他にも沢山あるし、何なら92年カルテットの歌はほとんど全部新録だってさ」


 なんていうお宝ゲーム……。


「ただし、エクストラハード限定」


 ……絶望だ。


「気を落とすなよ。あたしがきっちり全部見せてやる」

「アルマ大好き!」


 私はアルマに抱きつこうとしたが、レオナに首根っこを捕まえられて断念する。


「プレイの邪魔になるよ」

「ご、ごめん」

「それに今、マリーってば浮気したよね」

「えっ」

「アルマのこと大好きって言った」

「そ、それは、その、言葉のあやってやつで」 


 しどろもどろになる私である。


「あたしは浮気されても全然構わないんだけどなぁ」

「し、しません! 私はレオナ一筋で!」

「じゃぁ、身体で教えてもらおうかな?」


 間髪入れずにレオナが私の頬を両手でつまむ。変な顔になってるに違いない。


「まぁまぁ。みんな仲が良くて嬉しいわ」


 レニーはにこやかにそう言い、キッチンに向かう。そろそろ夕食の準備をしなくてはならない。そういえば今日の当番は私だ。


「あ、マリーは座ってて。私、普段全然出来てないから」

「レニー疲れてるだろうし、いいよ」

「たまにはちゃんと包丁使わないと忘れちゃいそうだから。マリーはレオナといちゃいちゃしてていいわよ」

「はい、いちゃいちゃします!」


 レオナが元気よく反応する。この数ヶ月でレオナの積極性が数倍になった気がする。悪い気はしないけど、そのなんていうか、困る。


「はぁ」


 私は胸を揉もうとしてくるレオナの手をたくみにかわしながら、ネーミア提督の言葉を思い出していた。


 ――わたしは諸君に、こんな死ねなどとは言わぬ。諸君はな、、死ぬのだ!


 わたしのために、か。


 それはいったいどういう意図で発された言葉なのか。


「ねぇ、みんな」


 私は思い切っていてみることにした。


「イザベラ・ネーミア提督のこと、みんなはどう思う?」

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