06-02: 諸君は、わたしのために、死ぬのだ!

 わたしはイザベラ・ネーミアである――。


 新しい時代が始まったことが告げられていることを、私は確信した。


「ヴェーラ・グリエール中将の後任として、本日付けで第一艦隊司令官に着任した。わたしはD級歌姫ディーヴァである。第二艦隊司令官アーメリング中将と共に、国防を引き受ける。諸君らのうち半数はわたしの指揮下に入ることになろう。覚悟するがいい。わたしは甘くはない」


 鋼鉄の剣のような言葉だ。その音素たちが、私たちを丁寧に突き刺していく。


「わたしには諸君らの考え、想い、その全てを見ることができる。なぜなら、D級歌姫ディーヴァだからだ。諸君らの疑念、不信感、わたしには見えるし、わたしには理解できる」


 だが、それは良い――ネーミア提督は続けた。


「わたしは諸君らにと命ずる立場である。故に諸君らは諸君らで見極めるが良い、このわたしを」


 ゾクッとした。仮面の奥の目が、私を見ていた。錯覚じゃない。勘違いじゃない。今確かに、イザベラ・ネーミア提督は私を見た。金縛りにあったかのように、私は硬直した。


戦艦バトルシップ・セイレーンEMイーエム-AZエイズィもまた、わたしと共にる。わたしは味方の犠牲を躊躇ちゅうちょしない。このヤーグベルテという国を守るためならば、わたしはあらゆる犠牲をいとわない。わたしは諸君に、躊躇ためらいなくと命ずるだろう」


 その言葉にまた講堂がざわめいた。この場の全員の脳裏に、あのクリスマス・イヴの戦いからの一連の戦闘が思い浮かんだことだろう。


「わたしは、しかし、国のために死ねなどとは言わない。命を捧げろなど、そのようなごとには吐き気がする」


 ネーミア提督は淡々と述べる。


「無論のこと、ヴェーラやレベッカが登場する以前の、無策ゆえの無惨な敗戦の歴史を繰り返すつもりは毛頭もうとうない。わたしは過去に学ばぬ世界の存在を許さぬ。たとえ軍が。あるいは政治が。あるいは他の力ある連中が何と言おうと、わたしは愚かしい過去を繰り返すようなことはしない。させぬ。されど――」


 その言葉のトーンは終始落ち着いていたが、私は呼吸を躊躇ためらった。喉が、鳩尾みぞおちが痛かった。


「諸君の命はわたしが握る。死にたくなければ、今すぐ荷物をまとめて去るが良い。何の迷いもらぬ。アーメリング提督が昨年示した、戦争の真の姿を受けれられぬというのならば、今すぐにここを去るのだ。誰も諸君らを責めることはない。勇気がないとそしる者がいるならば、わたしが全力で守ろう」


 優しいようで厳しい言葉だった。去らなかったことに言い訳をさせないぞという強い意志だ。その終始落ち着いたトーンが、なお一層言葉の圧力を高めている。


「我々歌姫セイレーンは、諸君らも知っての通り国防のかなめである。D級歌姫ディーヴァは単独で戦場を支配することができる。そして諸君らの子どもの頃から、この国はたった二人のD級歌姫ディーヴァによって守られてきた。だがわたしはそれを良しとするつもりはない。これより先は全てのクラスに於いてそれぞれの役割をまっとうしてもらわなければならぬ。D級歌姫ディーヴァによる庇護、安全な傘の下には、もはやいられぬ。なぜなら諸君は歌姫セイレーンだからである」


 数秒の間――。


 講堂は完全な沈黙に落ちている。


一度ひとたび出撃したならば、全員が無傷で生還するなどということはないものと心得よ。もはや時代は変わった――否、本来あるべき形に戻った。繰り返すが、死ぬ者も多く出るだろう。諸君や諸君の後に続く者たちの幾十幾百が、海中に没することとなろう。だが」


 ネーミア提督は演壇に両手を付き、私たちを見回した。


 また、私と目が合った。思わずよろめいた私をレオナがさり気なく支えてくれる。


「だいじょうぶ?」

「ありがと、だいじょうぶ……」

「ならいいけど」


 レオナはそれからも私の背中に軽く手を添えていてくれた。


「ふっ……」


 ネーミア提督は再び背筋を伸ばすと後ろで手を組んだ。


「だがな、わたしはそれをして、国家国民のいしずえだなどと欺瞞ぎまんめいたことを言うつもりはないのだ。わたしは諸君に、こんな死ねなどとは言わぬ。諸君は、、死ぬのだ!」


 カワセ大佐が止めに入るのではないかと思うようなことを、イザベラ・ネーミア提督は口にした。国のために戦い、国のために死ぬ。ヤーグベルテの人々なら、誰もが多かれ少なかれそう考えているはずだ。だが、ネーミア提督は公の場でその思想を否定した。


 唖然とする他にない。


 ネーミア提督は声のボリュームを一段上げた。


「諸君は覚悟せねばならぬ。自らの死を覚悟せよ。友との死別を覚悟せよ。これからは死を前提に生きろ。生ぬるい生を捨てよ。我々は、誰よりものだ。その自覚を持ち、死にたくないのならば、死物しにもの狂いで生きろ。戦え。を冷徹に見極めろ」


 闇……を感じた。深すぎる闇だ。レベッカが炎を照り返す鋭利な剣だとすれば、ネーミア提督は夜の水底のように暗い。重く冷たい闇だ。


「わたしからは、以上だ。なにか質問はないか?」


 質問なんてできる雰囲気ではない。なのに、ネーミア提督はなぜか私を見ていた。絶対に私を見ている。


「新人S級歌姫ソリスト、マリオン・シン・ブラック。何かないのか」

「ひぇっ!?」


 思わず変な声が出た。


「きみはいずれ指揮官になる人間だ。何か言え」

「あ、あの、その」


 酸欠の金魚のようになる私。


「て、提督はヴェーラ……じゃなかった、グリエール提督と並ぶほどのお力をお持ちと理解しても、よ、よ、よろしいですか」

「無論だ」


 迷いなく肯定してくるネーミア提督。


「そして、わたしは彼女ほど甘くはない」


 鋭い声だった。


 そしてまた「ふっ」と赤い唇の端を吊り上げると、マントをひるがえしてステージから姿を消した。

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