05-06: 戦闘評価

 結果は知っての通りの大惨敗。敵の艦船を一隻も撃沈できないまま、こちらは全滅だ。S級ソリスト一名分のアドバンテージがあったのに、全く通用しなかった。


隠蔽ステルスモジュールはずるいかなと思ったけど、敵がいつもいつも知ってる知識で出てくるわけじゃないということで、使わせてもらったわ」


 筐体きょうたいから出てきたハンナ先輩はそう言うと、携帯端末モバイルの上に今の戦闘のダイジェスト部分を表示させた。AIが自動的に判別して映像を作ってくれるのだ。


 重巡ペルセウスがひたすら暴れ、私たちのチームが完膚無きまでにボコボコにされている。モニタルームから出てきたレオナが手を叩く。


「さすがS級ソリストの艦を、それもフルチューンされたネプチューンとヤマタノオロチをあんな短時間で粉砕するなんて」

「エディタ先輩たちはもっと強かったわ」

「ま、マジっすか」


 アルマが引いている。


「エディタ先輩たちも、私やレニーもだけれど、実際の戦場をあなたたちより遥かに多くの当たりにしているの。戦闘補助っていう名目でね。それににあるシミュレータはコンシューマ向けのAPに比べてよりリアルなものになっているわ。およそ考えつくことなら何でもできる」

「見てるだけでも楽しかった!」


 早々に離脱したレオナが興奮した面持ちで言う。


「レオナ的にはハンナ先輩はどう見えていたの?」

「常に全速航行しながらトラップを張りまくっていた」


 レオナによれば、あの遅延魚雷の他にも電磁パルス機雷、レーザー発射装置と反射拡散ドローンリフレクターが展開されていたらしい。どのみち勝ち筋なんてなかったということだ。


「セイレネスは操る歌姫セイレーンの精神状態が思い切り反映されるの。マリーたちが思ってる以上に。だから、APみたいに環境なら誰でも悪魔のように強くなれる」


 ハンナ先輩は自分が乗っていた筐体を軽く叩く。


「でも、あのクリスマス・イヴの戦いを見てわかったと思う。私たちは動揺したらもろいのよ。今のバトルでもわかったでしょ?」

「はい」


 実質何もさせてもらえなかった私は素直に頷いた。


「レベッカに守ってもらえているうちは強い、ということですね」

「そういうこと」


 ハンナ先輩はそう言って微笑んだ。グッと惹き込まれるような微笑だ。青とも緑ともつかない美しい瞳が、薄暗い部屋の照明を受けてキラリと光る。

 

「でもアルマもマリーもさすがよ。マリーは私の攻撃を何度も耐えたし、アルマもレニー艦隊からの一斉射に耐えたし」

「耐えるだけでは勝ちはつかないからなぁ……」


 アルマがぼやいた。そうなのだ。耐えたところで反撃できなければ戦場の主導権イニシアティヴを取り戻すことはできない。


「戦術に翻弄ほんろうされただけよ」


 レニーが自分の携帯端末モバイルを確認しながら言った。


「もっと落ち着いて状況を把握できるようになれば、マリーもアルマも、私なんかには負けないと思う」

「レニーを超えられるなんて」


 私が言うが、レニーははっきりと首を振った。


「今の戦闘データを見ると、数値的にはあなたたちのほうがずっと上よ。ほら」

「うわ、ほんとだ」


 レニーの携帯端末モバイルを覗き込んだアルマが目を丸くする。


「攻撃力はともかく、防御力関係が見たことない数値になってる」

「どれどれ?」


 その数値は確かに見たことがない。従来のAPの時の三割増しくらいだろうか。しかしそれでもハンナ先輩やレニーには歯が立たなかった。


「三年と経たずにあなたたちも戦場に出るわ。その時までにこの数値を限界まで上げておく必要があるの。何が敵になるかわからないから」

「そのためにも」


 モニタルームから出てきたブルクハルト教官が会話に参加してきた。


「少なくとも戦術面ではこのAPは役に立つと思うよ。実際の戦闘データを全てフィードバックしてあるから。でも、リアルな戦闘は予想外のことがてんこ盛りだ。僕のAPでもそこまではなかなか再現できていない。そのへんは、そうだな、実際の戦闘をこのシミュレータを通して一度でも多く見学することだ。多少不謹慎ではあるけどね」

「それはカワセ大佐のご判断によりますけど」


 レニーが言う。


「教官からご進言なされますか?」

「そうだね。クリスマス・イヴの戦闘のこともあるし、事態は動くべき時なのかもしれないね」


 ブルクハルト教官は早速携帯端末モバイルを取り出して、何事か操作し始めた。もはやもうカワセ大佐に連絡しているのだろうか。


「あの」


 レオナが少し遠慮がちな声を発した。


「教官や先輩は、クリスマス・イヴの戦いをどう評価されていますか?」

「鋭いこと訊くね」


 ブルクハルト教官が苦笑する。


「亡くなった七名の歌姫セイレーン、多くの艦船搭乗員には悪いとは思うけど、エディタたちの急激な成長のためには、仕方なかったと思っている」


 仕方ない、か。少し切なくなる。


「レベッカがいつまでも守ってくれるわけじゃない。レベッカのためにも君たちが前に出なければならないんだ。レベッカ不在の戦場でも主導権イニシアティヴを取れるようにね」

「しかし、アーシュオンの超兵器オーパーツも回を追うごとに強くなっていると聞きます」


 私が言うと、ブルクハルト教官は頷く。


「確かに取得されてるデータは確実にマイナーバージョンアップがなされていることを証明している。厄介なことだけど。さらなる新兵器開発の噂もあるし。ん、来たかな」

「来た?」


 私たちは一斉にドアの方を見た。ドアが解錠アンロックされて、入ってきたのはトリーネだった。


「やほ。若手が集まってると聞いて遊びに来たよ」

「お疲れ、様、です、トリーネ先輩」


 ハンナの口調が元に戻った。APの話ではなくなったからだろう。レニーが携帯端末モバイルをポケットにしまいながら言う。


「戻っていらしたんですね」

「うん、さっきね。年末年始は調査委員会が大変だったよ」

「調査委員会?」

「うん、クリスマス・イヴのアレ。なんであんな結果になったのかとか、そういうのをお歴々に尋問されてさ。カワセ大佐のおかげで無罪放免。あーよかったねって、さっきまでエディタたちとご飯食べてたんだ」


 勝ったはずの戦いでもそんなことをされてしまうのか。


 私は暗澹あんたんたる気持ちになる。


 トリーネはそんな私の肩を叩きつつ、自分の携帯端末モバイルを取り出した。


「実はさっきのバトル、教官からリアタイで情報が送られてきてたんだよ。それをさかなにご飯食べてたってわけ」

「そんなこともできるんですね」


 私は素直に驚く。


「マリーたちへの総評としては、落ち着け、だね」


 少し遠い目をするトリーネ。


「私たちももっと落ち着いていれば、七人も同期を死なせることはなかったんだ」

「しかし、あの状況では――」


 レニーが言いかけたが、トリーネは首を振ってそれを止める。


「仕方なかった、というのが軍としての評価になったけど。仕方ないで殺された子たちには何と言ったら良いのかわからない。もしかしたら、その仕方ないには私たちも入っていたかもしれない」


 トリーネは自分自身の身体を抱いた。その目はどこか虚空こくうを見ているようでもあった。


「でも、私たちは生き残った。だから次もまた出る。あの子たちの犠牲を無駄にしたくないから。戦いのたびに犠牲者は出ると思う。私たちカルテットだって全員無事でいられる保証なんてない。だから、みんなには私たちの戦いは一つ残らず必ず活かして欲しいんだよ」


 それが君たちの生存可能性の上昇につながる――トリーネはそうも言った。


ASA反歌姫連盟の連中もがなり立ててるけど、あんな姿なき悪意のことは無視するんだよ。セイレネスには精神状態が強く影響するから、余計なノイズは入れないように」


 実戦を経験したトリーネの言葉にはかなりの説得力があった。


 アルマが筐体に寄りかかっては離れるという謎の行動をしながら呟いた。


ASA反歌姫連盟って何者なんだろね」

「SNSの生み出した怪物よ」


 レニーが答える。


「ノイジーマイノリティにその他大勢がぶら下がって作られた姿なき悪意。集合体故に責任感もなく、文字で人を殺すことすら躊躇ちゅうちょしない。今はレベッカが誹謗中傷のターゲットになっているわね」

「訴えちゃえばいいのに」

「そうも簡単にいかないのよ、アルマ。でも、ヴェーラを失って傷付いている提督に、あまりにもひどいのよ」


 レニーらしからぬ口調だった。そこでトリーネがレニーの肩を抱いた。


「そこまでそこまで。ASA反歌姫連盟なんてオバケみたいなもんだ。奴らに凹まされる以上に、私たちがレベッカを支えればいい。私たちがしっかりしている限り、心配ない。頼むよ、若者たち」


 トリーネはそう言ってニッと笑うと、颯爽と立ち去った。

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