05-05: 先輩とのシミュレーション

 ハンナ先輩が言ったように、ブルクハルト教官は例のシミュレータルームにいた。


「ハンナはここの常連なんだよ」


 ブルクハルト教官は柔和な笑みを見せながら言った。ハンナ先輩はペコリと頭を下げた。


「ブルクハルト教官、今日は集団戦でお願いします」

「そう言うと思って、もう設定は終わってるよ。敵味方? それとも対アーシュオン?」

「私とレニーでペアを組んで、一年生は三人。それぞれ指揮下に三十隻で」

「うんうん。こんな感じか。さて、マリーたちはこの前の筐体きょうたい、レニーとハンナはいつもので」


 私たちは指示に従ってそれぞれ黒い筐体に乗り込んだ。ドアを閉めると本当に真っ暗闇だ。


 すごく落ち着く。


『これは訓練の一環。APを楽しむのは良いけど、あなたたちは私とレニーを全力で撃破に来て』


 ハンナ先輩のハキハキとした言葉が届く。本当にAPが好きなんだなと思う。


『でも、先輩方はコーラスが使えないんじゃ』

『そこは大丈夫よ、レオナ』


 時刻は午後二時半、天候は晴れ、海はなぎ――という設定だ。


偵察用ドローンスカウター、上げる! アルマもお願い」


 私が言うと、私の視界がぐいぐいと上昇し始めた。セイレネスを発動アトラクトする前に、状況はしっかりつかんでおきたい。セイレネスを発動し続けるためには高度な集中を必要とする。発動はギリギリまで待ちたい。


「三十隻はレオナの指揮下に!」

『えっ、私の? 十隻ずつ分配しないの?』

「二隻がAIのV級歌姫ヴォーカリストってなってる。レオナはこの二隻とコーラスを展開しつつ、C級歌姫クワイアと共に警戒陣を敷いて。私とアルマが前に出る」

『アルマ了解。おそらくハンナ先輩もV級歌姫ヴォーカリストとコーラスを組んでくるはず。手強いぞ!』


 私の記憶の中のは圧倒的な攻撃力を誇っていた。どこからどんなタイミングで仕掛けてくるかわからない。偵察用ドローンスカウターからの映像でも検知できない。おかしい。


 直後だ。


 警戒陣の先陣を切っていたC級歌姫クワイアたちの駆逐艦と小型砲撃艦フリゲートが六隻消し飛んだ。その前にいた私とアルマの防御を巧みにくぐり抜けた一撃だ。コーラスが十分に展開される前に放たれたオーバーキルの一撃だ。


「うそ、どこから!?」

海域隠蔽ドメイン・ステルスだ!』


 アルマが即座に応じてくる。


海域隠蔽ドメイン・ステルス!? そんなの未実装だったじゃない」

『コンシューマではね。面白いじゃないか』


 アルマの声のトーンが上がっている。


『ってことは、こっちは隠蔽看破アンチステルスもできるってわけだ』

『今のは戦艦級の主砲だ。そろそろ第二撃くるよ!』


 いち早くセイレネスを発動アトラクトしたレオナの警告が飛ぶ。


 私は戦艦ネプチューン、アルマは戦艦ヤマタノオロチ。となれば当然レニーも戦艦だ。以前レニーが猛威を振るっていた時に乗っていたのは戦艦ベテルギウスだ。防御を捨て火力に全てを捧げたとも言われる、打撃力だけ見れば超ハイスペックの大型戦艦だ。


「二撃目を撃たせちゃだめ! アルマ、セイレネスを発動アトラクトして!」


 私の合図と同時に、私の戦艦とアルマの戦艦が薄緑色オーロラグリーンに輝いた。


『マリー、防御に全力。私はハンナ先輩たちの看破を試みる!』

「お願い、アルマ。そろそろ二撃目が来る!」


 言った直後、最後尾につけていた三隻の小型雷撃艇コルベットが消し飛んだ。一瞬で九隻を失ってしまった。歌姫セイレーンというのは敵に回すとここまで恐ろしいのだ。


『看破成功、全艦に共有する! 光学迷彩に翻弄ほんろうされるなよ』

「アルマ、早い! すごいね!」


 私は意識を艦艇内のコア連結室に戻す。コア連結室というのは戦艦におけるコックピットのようなものだ。中身は筐体きょうたいとほとんど同じ作りになっている。


『ここからが本番だぞ、マリー提督』

『私の班は残存艦で輪形陣を組む。マリー、攻撃任せていいかい』

「マリオン了解。敵艦隊、C級歌姫クワイア艦艇にトライデントをぶつける!」


 その直後、衝撃を感じる。意識の視界に浮かび上がってきたダメージレポートを確認すると私の戦艦が被弾していた。モジュール・ゲイボルグによる一撃だ。レオナたちの輪形陣の中心にいたからギリギリ小破で済んだ感じだ。


 アルマの緊迫した声が響く。


『敵方、三隻足りない。ハンナ先輩らしきふねがいない!』

『うわっ、まじか!』


 レオナの絶望的な声が聞こえた。私のすぐ後ろにいたはずのレオナの防空重巡洋艦ペガサスが大きく傾斜していた。


『セイレネスの乗った亜音速魚雷SSTにやられた。だめだ、傾斜回復不能!』

「レオナがこんなに早くっ!?」


 信じられない。


 ナイアーラトテップクラゲとも正面切って戦えるレオナが瞬殺!?


『ごめん、私はここで離脱だ。ブルクハルト教官とモニタすることにするよ』


 それきりレオナからの音信は途絶えた。


 私とアルマを守るコーラスの傘はない。C級歌姫クワイアではS級ソリストを防げない。


 次々とC級歌姫クワイアたちが沈んでいく。今のところ何もさせてもらえていない。


「アルマ、ハンナ先輩の隠蔽看破アンチステルスはできないの!?」

『レニーの戦艦からの干渉が酷すぎてだめだ。完全に目をやられてる!』

「手も足も出ないなんて!」


 。その二つ名は決して伊達ではないということだ。


「まさかレニーの方がおとりだったなんて」

『来るぞ!』


 私たちの艦隊に、主砲と対艦ミサイルの群れが叩きつけられた。まさに怒涛どとうだ。確か以前ハンナ先輩が操っていたのは、重巡ペルセウスだ。レニーの戦艦ベテルギウスと同じく、攻撃力がカンストしているとさえ言われているチューンをほどこされていた。そして今、その攻撃力が如何いかんなく発揮されている。


『さすがマリー、固いな!』

「なんとか耐えた。でも次はない。ハンナ先輩を探せないとどうしようもない」

『レニーはいるだけでがある……ほうっておくわけにもいかないし』


 その時、レニー率いる三十隻の艦艇が一斉に火砲を放ってきた。中には亜音速魚雷SSTも混じっている。


『あたしが前に出る。マリーは反撃を!』


 言うや否や、戦艦ヤマタノオロチの前方が光に包まれ、ぜた。私たちの戦艦は派手に津波のような飛沫しぶきかぶる。しかしレニーを含む三十隻あまりからの一撃は完全に防いだということだ。さすがアルマだ。


「砲撃位置から逆算すると、こっちか?」


 私は全速力でハンナ先輩の予測位置を割り出そうとする。もう一撃来てくれれば未来位置を確信できる。だが、その一撃に耐えられる保証はどこにもない。


「セイレネス再起動リブート!」

『ちょっ、正気か!』


 再起動はほんの一瞬で終わる。だが、ハンナ先輩ならそれを見逃したりはしない。武装システムの再配置リデプロイまではそこからさらに数秒を要するからだ。


「来たッ」


 私は防御システムだけを優先的に立ち上げていた。


「セイレネス発動アトラクト! 盾を掲げよホールド・ジ・イージス!」


 ガガガッと鈍い音が鳴り響く。セイレネスで構築ビルドされた不可視の盾にいくつもの弾頭が突き刺さっていた。その後を追うように、セイレネスによってエネルギーへと変換された火力が襲ってくる。


「耐えろッ!」


 前方からはレニーの艦隊からの斉射が。四時の方向からはハンナ先輩の遊撃部隊の攻撃が。いずれも食らえば致命傷だ。


「トライデント、起動!」


 反撃だ。せめて一矢報いたい。


 しかしこっちの戦艦はダメージを受けている。必殺の砲撃システムとはいえ、百パーセントの威力は出せない。


『マリー、集中! 行ける!』


 位置は割り出した。しかし、チャンスは一度。外せば更に一撃は耐えなければならない。そんな余力はない。第一に全力でトライデントを撃つと数秒間はシステムがほとんどダウンしてしまう。そんな状態でハンナ先輩の火力に耐えられる道理はない。


「トライデント、放てぇっ!」


 不可視状態のハンナ先輩の遊撃部隊がいる方向はわかっている。かすりでもすれば勝ちだ。


 だが、そんな私の艦の中央部右に強い打撃が浴びせられた。


 嘘っ、どういうこと!?


 その謎はすぐに解けた。魚雷だ。ハンナ先輩は移動する前に魚雷を配置しておいて、遠隔から起動させたのだ。

 

 結果として照準を大きくぶらされてしまったトライデントは、よりにもよって空中に向かって消費されてしまった。


「だめだぁ……」


 悔しいと思った。APをやっていて、ここまで完全に手玉に取られたことなんてなかった。


『うわっ、ま、まじか。ちょ、ちょっとタイム!』


 アルマの声が聞こえてきたが、すぐに音信が途絶えた。


 その後すぐに、私の戦艦ネプチューンも轟沈判定が出されたのだった。

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